進歩性 設計的事項

進歩性 設計的事項

判例No.3 平成26年(ワ)第8905号 特許権侵害差止等請求事件について

※以下は、この判決についての独自の見解です。

※以下において、「」内は、上記の判決文からの引用であり、『』は、特許庁の審査基準からの引用です。

 

本件発明の進歩性が否定されなかったのは、次の理由によります。

 理由:相違点に係る構成は、設計的事項とはいえない。

 

(1)本件発明のポイント

特徴:第一のn型層に接して、第一のn 型層よりも電子キャリア濃度の大きい第二のn型層33 を活性層側に形成する(具体的には下記の請求項2)。

 

作用効果:第一のn型層から供給される電子が電子キャリア濃度の大きい第二のn 型層中を通って均一に広がることにより、活性層を均一に発光させる。また、電子がキャリア濃度の大きい第二のn型層33を通って流れるので、発光素子の順方向電圧Vfを低下させることができる。

 

「【請求項2】

 基板上にn型層,活性層,p型層が積層された構造を備え,該p型層上と,該n型層が一部露出された表面に,それぞれ正電極と負電極が設けられた窒化ガリウム系化合物半導体発光素子であって,

 前記n型層中に,第一のn型層と,第一のn型層に接して,第一のn型層よりも電子キャリア濃度が大きい第二のn型層と,を有すると共に,

 前記n型層中の基板と前記露出表面の間にあるn型層領域において,前記第一のn型層であって前記露出表面が形成された層と,該第一のn型層の基板側に設けられた前記第二のn型層と,を有する窒化ガリウム系化合物半導体発光素子。」

 

(2)相違点

 本件発明では、「前記n型層中の基板と前記露出表面の間にあるn型層領域において,前記第一のn型層であって前記露出表面が形成された層と,該第一のn型層の基板側に設けられた前記第二のn型層と,を有する」のに対し,主引用文献では、そのようになっていない。

 

(3)進歩性の判断

 上記相違点に係る構成、すなわち、第二のn型層ではなく第一のn型層に電極形成用の露出表面を形成することは、設計的事項にすぎないとはいえない。

 設計的事項について、特許庁の審査基準では『一定の課題を解決するための技術の具体的適用に伴う設計変更や設計的事項の採用』と記載されており、その理由として、同審査基準において『当業者の通常の創作能力の発揮にすぎないからである』と記載されています。

 本件発明では、上記相違点に係る構成は、「エッチングを第二のn型層33で止めることが生産技術上困難である」という課題を解決するために採用されている。この課題は、副引用例には何ら記載されていない。

したがって、上記相違点に係る構成は設計的事項ではないといえる。

 

(4)実務上の指針

 以下の状況を想定する。

 想定状況:対象の発明(例えば権利化しようとする発明)における特定の構成が、どの引用文献にも記載されていないので、引用文献との相違点となっている。しかし、この構成が単なる設計事項であるとして、対象の発明の進歩性が否定されそうになっている。

 

 この想定状況で、可能であれば、対象の発明の進歩性を次のように主張する。

 主張:相違点となっている構成は、従来技術に示されていない課題を解決するものであるので、設計的事項ではない。

 これにより進歩性が認められやすくなる。

 

弁理士 野村俊博

進歩性 構成が同じでも機能が異なれば特許になる(物の発明)。

進歩性 構成が同じでも機能が異なれば特許になる。

 

判例No.2 平成22年(行ケ)第10258号 審決取消請求事件にについて

※以下は、この判決についての独自の見解です。

※以下において、「」内は、上記の判決文からの引用です。

 

 本件発明の進歩性が認められたのは、次の理由によります。

 理由:

『本件発明と引用例1は、「ガラスカッターホイール」の刃先に突起を設けた点で共通するが、突起の大きさが相違することにより作用効果が異なる』

 

(1)本件発明のポイント

特徴:「【請求項1】ディスク状ホイールの円周部に沿ってV字形の刃を形成してなるガラスカッターホイールにおいて,刃先に打点衝撃を与える所定形状の突起を形成したことを特徴とするガラスカッターホイール。」

作用効果:「所定形状の突起により,ガラスカッターホイールの転動時,ガラス板に打点衝撃を与え,更に突起がガラス板に深く食い込むために,ガラス板を,不要な水平クラックが発生しないまま,板厚を貫通するほどの極めて長い垂直クラックを発生させて,ガラス面をスクライブする」

 

(2)相違点

 本件発明では、「ガラスカッターホイール」の刃先に「打点衝撃を与える所定形状の突起を形成した」ことにより、板厚を貫通するほどの極めて長い垂直クラックを発生させることができる。

 これに対し、引用例1(特開平6-56451)には、「ガラスカッターホイール」において突起として凹凸が記載されているが、この凹凸は、微細であるので、ガラス板に板厚を貫通するほどの垂直クラックを発生させる打点衝撃を与えるものではない。

 したがって、本件発明の「打点衝撃を与える所定形状の突起」は、引用例1の「凹凸」と相違する。

 

(3)進歩性の判断

 本件発明では、上記相違点に係る「打点衝撃を与える所定形状の突起」により、上記(1)の作用効果が得られる。

 このようにする点は、引用例1には記載も示唆もされていない。

 よって、本件発明は、引用例1から容易に想到できたものではない。

 

(4)実務上の指針

機能的な記載は相違点として認められる

 本件発明は、「ガラスカッターホイール」の刃先に設けた突起の大きさが引用例1と相違することにより、作用効果が引用例1と相違しています。

 この点は、請求項1の記載「打点衝撃を与える所定形状の突起」により認められています。もし、この記載の代わりに、単に「所定形状の突起」と請求項1に記載されていたら、請求項1の突起と引用例1の突起(凹凸)は同一になり、請求項1と引用例1の発明は同じ構成を有します。すなわち、請求項1は、「打点衝撃を与える」という機能的な記載により、突起(凹凸)の構成(大きさ)の相違が認められて進歩性が認められています。

 したがって、先行技術の構成との相違を示す手段として、請求項に機能的な記載を加えることも有効です。

 ただし、相違を示すために機能的な記載が不要な場合には、あえて機能的な記載を加えないほうがよい場合が多いです。例えば、機能的な記載により権利範囲が不明確になることもあり得るからです。

 

弁理士

野村俊博

進歩性 使用時の状態の相違 目的の特定

判例No. 1平成27年(行ケ)第10122号 審決取消請求事件

※以下は、独自の見解です。

※以下において、「」内は、上記の判決文または特許出願(特願2010-537149号)からの引用です。

 

 本件発明の進歩性が認められたのは、次の理由によると思われる。

理由:「水フィルター」を、光量の調整と「生物組織」(皮膚)の冷却との両方に用いるという着想(アイデア)が、どの引用例にも記載されていなかった

 

(1)本件発明のポイント

特徴:光を「生物組織」(患者の皮膚)に当てて「生物学的影響をもたらす」(治療を行う)装置において、「生物組織」へ向かう光の通過領域に「水フィルター」が配置されている。

効果:「水フィルター」により、「生物組織」に照射される光量を調整でき、かつ、「生物組織」を冷却できる。

 

(2)本件発明と引用例1との相違点

 光の一部を吸収するフィルターは、本件発明では上記「水フィルター」であるのに対し、引用例1では「プリズム6及びプリズム6の側面のコーティング」である。

 

(3)上記の相違点に関する引用例2の内容

 引用例2には、凍結した液体をフィルターとして用いる「懸濁フィルター」は、皮膚の冷却にも使用されている。

 しかし、「懸濁フィルター」は、フィルターとして作用するのは、凍結されている時だけであるので、液体状態でフィルターとして作用する「水フィルター」と異なる。

 

(4)進歩性の判断

 液体状態の水を、フィルターとして用いるとともに皮膚の冷却にも用いることは、いずれの引用例にも記載も示唆もされていない。

 よって、本件発明は進歩性を有する。

 

(5)実務上の指針

使用時の状態の相違について主張や補正をする>

 フィルターとして用いるとともに皮膚の冷却にも用いるものは、本件発明では、液体状態のフィルターであるのに対し、引用例2では、凍結状態のフィルターであった。

 この相違により進歩性が認められている。

 

目的の特定を請求項に記載する

 請求項1における記載「前記水フィルターは,前記生物組織を冷却するために構成され」により、「生物組織」の冷却という作用効果が認められている。すなわち、「水フィルター」の具体的な配置(「水フィルター」が「生物組織」に接触可能な位置にあること)を特定することなく、この作用効果を得るという目的の特定「前記生物組織を冷却するために構成され」により当該作用効果が認められている。

 したがって、作用効果を認めてもらうためには、その作用効果を得るという目的を請求項で特定することで足りる場合もありえる。

 例えば、請求項1では、目的を特定し、従属請求項では、その目的を得るための具体的な構成を特定することも、請求の範囲の書き方の1つになりえる。

 

2016年7月 弁理士

野村俊博