進歩性 主引用例において、その構成要素に、当該要素と目的及び使用態様が異なる、他の引用例の構成を組み合わせることは容易でない。

進歩性 主引用例において、その構成要素に、当該要素と目的及び使用態様が異なる、他の引用例の構成を組み合わせることは容易でない。

 

判例No.16平成28年(行ケ)第10011号 審決取消請求事件

 

※以下は、この判決についての独自の見解です。

 

1.本件特許発明の要点

 本件特許(特許第4553629号)の請求項1に係る発明(以下、本件特許発明という)は、以下の特徴A,Bを有し、特徴Bにより以下の効果Cを奏する。

 

 特徴A:

 掘削により削り出される掘削土が、ケーシング内で吹き上げられて、ケーシングの排土口から外部へ排出される場合において、掘削土飛散防止装置は、前記排土口を介して前記ケーシングの外側へ排出された掘削土が衝突するようになっている衝突部と、ケーシングを囲む筒状部とを含み、衝突部に衝突した掘削土がケーシングと筒状部との間を落下するようになっている。

 

 特徴B:

 掘削土飛散防止装置は、さらに、蛇腹状の側壁を有する筒状部の下端近傍に,その一端が連結されたワイヤーと,前記ワイヤーの他端が連結されている巻き取り装置と,を有している。巻き取り装置がワイヤーを巻き取りまたは繰り出して、垂下された状態の前記筒状部の上端から下端までの長さが調整される。

 

 特徴Bによる効果C:

「ワイヤーの巻き取り・繰り出し操作を通じて蛇腹部分(筒状部)の伸縮を繰り返すことによって、落下して来る途中で筒状部の内壁に付着した掘削土を効率的に払い落とすことが可能になる。また、ダウンザホールハンマの掘進に伴って筒状部の長さを調整することができるので、蛇腹部分(筒状部)の下端側が地表上で重なり積もることを防止することが可能になる。」

 

2.相違点について

 特徴Bは、引用発明(特開2001-32274号公報)との相違点であるが、引用例6(特開平11-107661号公報)に記載されている。

 

3.争点 引用発明に引用例6の構成を組み合わせることが容易か

(目的の相違)

 引用例6のジャバラ筒を設ける目的は、次の効果(1)(2)を達成することにある。

(1)オーガスクリュー外周を覆うことにより、砂はジャバラ筒を伝って落下しオーガスクリュー3の上部からの土砂の飛散は防止される。

(2)ワイヤーの一端をジャバラ筒の下端近傍に連結し,他端をウインチに連結させている。この構成で、ウインチの捲上げ捲戻しでジャバラ筒の下端を上下動させることにより、ジャバラ筒下端と地表との間を所定の高さに保持できる。したがって、ジャバラ筒下端と地表との間を通して、オーガスクリューの羽根上の土砂の取除き作業を行える。

 

 引用発明の伸縮カバー(34)を設ける目的は,次の効果(3)を達成することにある。

(3)伸縮カバー(34)は,中空コンクリート杭(1)を覆うことにより、押し上げられた土砂(17)を,中空コンクリート杭(1)との間を通って落下させ土砂の飛散を防止する。

 

 以上により、引用発明の伸縮カバー(34)を設ける目的は、引用例6においてジャバラ筒を設けることにより上記効果(2)を達成するという目的と異なる。

 

(使用態様の相違)

 引用例6のジャバラ筒4は,削孔作業中,その下端と地表との間に所定の高さを有するのに対し,引用発明の伸縮カバー(34)は,掘削時,その下端が接地している。

 よって、両者の使用態様は互いに異なる。

 

4.判示事項

 筒状部(ジャバラ筒)の下端を所定の高さに維持することを前提とした引用例6の構成(伸縮カバーとこれを上下させるワイヤー及びウインチ)を,筒状部の下端を接地させる引用発明に適用することは、直ちに想到できるものではない。

 上記の目的の相違と使用態様の相違を考慮すると、引用例6の構成を引用発明の伸縮カバー(34)に組み合わせようとする動機付けは存在しない。

 したがって,引用発明において本件特許発明の特徴Bを備えるようにすることを,引用例6に基づいて当業者は容易に想到することができない。

 

5.実務上の指針

 以下の前提(1)の場合に、以下の理由(2)により、対象発明の進歩性が否定されたら、以下の反論(3)ができる場合には、その反論をする。

 

(1)対象発明と主引用例との相違点は、対象発明が特徴Xを有していることにあるが、特徴Xは副引用例に記載されている。

 

(2)主引用例(本判例では引用発明)において、その一部の構成要素(本判例では伸縮カバー)に副引用例(本判例では引用例6)の特徴X(本判例では伸縮カバーとこれを上下させるワイヤー及びウインチ)を組み合わせることにより、対象発明に容易に想到できる。

 

(3)主引用例の上記構成要素と、副引用例の上記構成とは、それを設ける目的が互いに異なるだけでなく、その使用態様(使用状態)も互いに異なるので、主引用例の上記構成要素に副引用例の上記構成を組み合わせることの動機付けはない。したがって、主引用例において特徴Xを備えるようにすることを,副引用例に基づいて当業者は容易に想到することができない。

 

弁理士 野村俊博

請求項の記載 発明の構成要素の名称を単に「部材」ではなく「~材」とすると、技術的な観点から何らかの限定が「~」にあると解釈され得る。

請求項の記載 発明の構成要素の名称を単に「部材」ではなく「~材」とすると、技術的な観点から何らかの限定が「~」にあると解釈され得る

 

判例No.15平成21年(ネ)第10006号補償金等請求控訴事件

 

※以下は、この判決についての独自の見解です。

※以下において、『』内は、上記の判決文または特許第3725481号からの引用です。

 

1.争点 構成要件の充足性

 本件特許(特許第3725481号)の「縫合材」を、被告製品の構成〈d〉(帯片)は文言上充足するか。

 

 本件特許の「縫合材」は、請求項1において『前記金属製の外殻部材の接合部に貫通穴を設け、該貫通穴を介して繊維強化プラスチック製の縫合材を前記金属製外殻部材の前記繊維強化プラスチック製外殻部材との接着界面側とその反対面側とに通して前記繊維強化プラスチック製の外殻部材と前記金属製の外殻部材とを結合した』と記載されている。

 

 被告製品の構成〈d〉は、『透孔7を介して各透孔7毎に分離した炭素繊維からなる短小な帯片8を前記金属製外殻部材1の上面側のFRP製上部外殻部材10との接着界面側とその反対面側の前記金属製外殻部材1の下面側のFRP製下部外殻部材9との接着界面側とに一つの貫通穴を通して,上面側のFRP製上部外殻部材10及び下面側のFRP製下部外殻部材9と各1か所で接着し,前記FRP製上部外殻部材10と金属製外殻部材1とを結合してなる』と認められる。

 

2.「縫合材」の意味

『単に「部材」などの語を用いることなく,「縫合材」との語を選択した以上,その内容は,単なる「部材」とは異なり,何らかの限定をして解釈されるべきところ,その限定の内容を技術的な観点をも含めて解釈するならば,「縫合材」とは,「金属製外殻部材の複数の(二つ以上の)貫通穴を通し,かつ,少なくとも2か所で繊維強化プラスチック製外殻部材と接合(接着)する部材」であると解するのが相当である。』

 

なお、「縫合材」は、請求項1において通常の意味とは異なる意味で用いられており、請求項1の記載からは、「縫合材」の技術的意義を一義的に確定することができないので、明細書の記載も考慮して上記のように解釈されている。

 

 

3.結論

 被告製品の「帯片」は,少なくとも2か所で繊維強化プラスチック製外殻部材と接合(接着)するものではないので、「縫合材」であることの要件「少なくとも2か所で繊維強化プラスチック製外殻部材と接合(接着)する」を文言上充足しない。

 

4.実務上の指針

 請求項1において構成要素の名称を単に「部材」とせずに、「~材」や「~部材」とする場合には、当該修飾語「~」により限定がなされていると解釈され得る。

 そのため、構成要素の名称を「~材」や「~部材」とする場合には、当該「~」として、発明に必須の事項(例えば機能)を表わす修飾語を用いるようにする。

 

弁理士 野村俊博

進歩性 引用例において、ひとまとまりの構成の一部のみを把握することはできない。

進歩性 引用例において、ひとまとまりの構成の一部のみを把握することはできない。

 判例No.14 平成18年(行ケ)第10138号審決取消請求事件

 

※以下は、この判決についての独自の見解です。
※以下において、「」内は、上記の判決文からの引用です。

 

1.判決の概要

 引用例1(特開平2-308106号公報)に開示された「ひとまとまりの構成」のうち一部を除外して、引用例1に記載の発明を把握することはできない。

 

2.判決の具体的内容

 引用例1に記載された発明(引用例1発明)は、下記の構成Aにより下記の作用効果Bを達成して下記の目的Cを達成するものである。

 

(構成A)

 液晶表示素子において、光源の背後にミラーを設け、光源の前方に反射型直線偏光素子を設け、ミラーと反射型直線偏光素子との間に位相板を設けている。

 

(作用効果B)

 光源からの光のうち第1偏光成分は、反射型直線偏光素子を通過して前方へ射出される。一方、光源からの光のうち第2偏光成分は、反射型直線偏光素子で反射される。しかし、この第2偏光成分は、位相板を通過してミラーで反射され再び位相板を通過する過程で位相板により第1偏光成分の光に変わって、反射型直線偏光素子へ入射する。したがって、この第1偏光成分は、反射型直線偏光素子を通過して前方へ射出される。よって、光源の光を、非常に高効率に1種類の第1偏光に変換して射出できるという効果が得られる。

 

(目的C)

 「従来の直線偏光光源がランダムな偏光のうち半分の偏光しか利用できず残りの半分を捨ててしまっており効果が悪いという問題点を解決して,従来の直線偏光光源の効率の飛躍的な向上を目的とする」

 

 したがって、引用例1発明では、その目的Cを達成するために、反射型直線偏光素子とミラーと位相板は必須であるので、反射型直線偏光素子とミラーと位相板は「ひとまとまりの構成」である。

 引用例1において、当該「ひとまとまりの構成」から、ミラーと位相板を除外して、反射型直線偏光素子を含む液晶表示素子のみを把握することはできない。

 よって、引用例1において、ミラーと位相板に代えて、引用例2の導波路を用いることは容易という論理は、引用例1発明の把握を誤ったことを前提にしているので、不適切である。

 

3.実務上の指針

 特許出願に係る発明の進歩性が、下記の(1)により否定されそうな場合、下記の(2)に該当する場合には、下記の(3)の主張ができる余地があると考える。

 

(1)主引用例において、一部の構成を副引用例に記載された構成に置き換えることにより、特許出願に係る発明に容易に想到できる。

(2)主引用例において、前記一部の構成は、主引用例に記載の発明の目的を達成するために必須である「ひとまとまりの構成」に含まれている。

(3)主引用例(上述では引用例1)において、その目的を達成するために必須である「ひとまとまりの構成」の一部を他の構成に置き換えることは、容易とはいえない。当該「ひとまとまりの構成」は、目的達成のために一体不可分のものであるため、当該「ひとまとまりの構成」から一部を除外して主引用例に記載の発明を把握できないからである。

 

 また、 特許出願に係る発明の進歩性が、下記の(4)により否定されそうな場合、下記の(5)に該当する場合には、下記の(6)の主張ができる余地があるように思える。

 

(4)副引用例において、一部の構成を主引用例に記載された構成に適用することにより、特許出願に係る発明に容易に想到できる。

(5)副引用例において、前記一部の構成は、副引用例に記載の発明の目的を達成するために必須である「ひとまとまりの構成」に含まれている。

(6)副引用例において、その目的を達成するために必須である「ひとまとまりの構成」の一部のみを抽出することは容易でない。当該「ひとまとまりの構成」は、目的達成のために一体不可分のものであるため、当該「ひとまとまりの構成」から一部のみを抽出した構成を、副引用例において把握できないからである。

 

弁理士 野村俊博

権利範囲の解釈に発明の課題及び作用効果が考慮される

権利範囲の解釈に、発明の課題及び作用効果が考慮される

 

判例No.13 平成28年(ネ)第10047号 特許権侵害差止等請求控訴事件

 ※以下は、この判決についての独自の見解です。
※以下において、「」内は、上記の判決文からの引用です。

1.本件発明の要点

概要:レセプタクルコネクタに嵌合したケーブルコネクタの後側の部分をレセプタクルコネクタから持ち上げようとすると、両者が互いに当接することによりレセプタクルコネクタはケーブルコネクタから抜き出せない。一方、レセプタクルコネクタに嵌合したケーブルコネクタの前側の部分をレセプタクルコネクタから持ち上げると、両者が互いに当接せず、レセプタクルコネクタはケーブルコネクタから抜き出せる。

 

本件発明は、具体的には次のように特許第5362931号の請求項3に記載された発明である。

 

『【請求項3】

 ハウジングの周面に形成された嵌合面で互いに嵌合接続されるケーブルコネクタとレセプタクルコネクタとを有し,嵌合面が側壁面とこれに直角をなし前方に位置する端壁面とで形成されており,ケーブルコネクタが後方に位置する端壁面をケーブルの延出側としている電気コネクタ組立体において,

 ケーブルコネクタは,突部前縁と突部後縁が形成されたロック突部を側壁面に有し,レセプタクルコネクタは,前後方向で該ロック突部に対応する位置で溝部前縁と溝部後縁が形成されたロック溝部を側壁面に有し,該ロック溝部には溝部後縁から溝内方へ突出する突出部が設けられており,ケーブルコネクタは,前方の端壁面に寄った位置で側壁に係止部が設けられ,レセプタクルコネクタは,前後方向で上記係止部と対応する位置でコネクタ嵌合状態にて該係止部と係止可能な被係止部が側壁に設けられており,コネクタ嵌合過程にて上記ケーブルコネクタの前端がもち上がって該ケーブルコネクタが上向き傾斜姿勢にあるとき,上記ロック突部の突部後縁の最後方位置が,上記ケーブルコネクタコネクタ嵌合終了姿勢にあるときと比較して前方に位置し,上記ロック突部が上記ロック溝部内に進入して所定位置に達した後に上記上向き傾斜姿勢が解除されて上記ケーブルコネクタが上記コネクタ嵌合終了姿勢となったとき,上記ロック突部の突部後縁の最後方位置が上記突出部の最前方位置よりも後方に位置し,該ケーブルコネクタが後端側を持ち上げられて抜出方向に移動されようとしたとき,上記ロック突部が上記抜出方向で上記突出部と当接して,上記ケーブルコネクタの抜出が阻止されるようになっていることを特徴とする電気コネクタ組立体。』

 

本件発明の作用効果:

 ケーブルコネクタがその側壁面にロック突部,レセプタクルコネクタがその側壁面の対応位置にロック溝部を有し,上記ロック突部が嵌合方向で上記ロック溝部内に進入してケーブルコネクタが嵌合終了の姿勢となった後は,該ケーブルコネクタが後端側を持ち上げられて抜出方向に移動されようとしたとき,上記ロック突部が上記ロック溝部の突出部に当接して該ケーブルコネクタの抜出を阻止するようにしたので,ケーブルコネクタの後端から延出しているケーブルを不用意に引いても,そしてその引く力がたとえ上向き成分を伴っていても,ロック突部がロック溝部の突出部に当接して,ケーブルコネクタはレセプタクルコネクタから外れることはない。

 

2.争点

 本件発明の構成要件「コネクタ嵌合過程にて上記ケーブルコネクタの前端がもち上がって該ケーブルコネクタ上向き傾斜姿勢にあるとき,上記ロック突部の突部後縁の最後方位置が,上記ケーブルコネクタコネクタ嵌合終了姿勢にあるときと比較して前方に位置し」は、「ケーブルコネクタの回転のみによって,すなわちケーブルコネクタとレセプタクルコネクタ間のスライドなどによる相対位置の変位なしに,ロック突部の最後方位置が突出部に対して位置変化を起こす構成」に限定されて解釈されるかどうか。

 

3.判示事項

 次の(1)~(3)により、本件発明の構成要件には、上記の限定があるとはいえない。

 

(1)特許請求の範囲には,上記の限定が記載されていない。

(2)本件発明の課題および作用効果は、ケーブルコネクタのケーブルに、上向き方向成分を持つ力が不用意に作用しても、ケーブルコネクタがレセプタクルコネクタから外れないようにすることにある。この作用効果(課題の解決)は、上記の限定の有無にかかわらず得られるものである。

(3)無効審判において、進歩性の否定を回避するために、「本ケーブルコネクタの回転のみによって,すなわち,ケーブルコネクタとレセプタクルコネクタ間のスライドなどによる相対位置の変化なしに,ロック突部の最後方位置が突出部に対して位置変化を起こす構成に限定されていると解される。」と述べられているが、本件発明の技術的範囲を解釈するについて,相手方の無効主張に対する反論として述べた当事者の主張は,必ずしも裁判所の判断を拘束するものではない。

 

4.実務上の指針

 特許発明の権利範囲は、請求の範囲の記載だけでなく発明の課題と作用効果も考慮して判断される。特許発明の権利範囲に、ある限定がなされているかどうかについて、この限定が請求項に記載されておらず、この限定の有無にかかわらず作用効果(課題の解決)が得られれば、権利範囲にはその限定がないといえる。

 この点を考慮して、特許出願の明細書には、発明の課題と作用効果を必要最小限に記載し(ただし、実施例においては追加の作用効果を記載してもよいと考える)、請求項には、この作用効果(課題の解決)を得るために必要最小限の構成を記載する。

 

 また、本件発明では、形状や寸法などによらずに、動作と動作による位置の変化により発明の構成を特定している。すなわち、請求項において、「コネクタ嵌合過程にて上記ケーブルコネクタの前端がもち上がって該ケーブルコネクタ上向き傾斜姿勢にあるとき,上記ロック突部の突部後縁の最後方位置が,上記ケーブルコネクタコネクタ嵌合終了姿勢にあるときと比較して前方に位置し」のように、ケーブルコネクタの動作(姿勢変化)と、この動作におけるロック突部の位置の変化により、発明の構成を特定している。

 このように、形状や寸法などによらずに、動作と動作による位置の変化により発明の構成を特定することも、1つの請求項の書き方になる。これにより、本件発明では、限定を抑えた権利範囲が得られているように思える。上記判決では、本件発明の技術的範囲に被告製品が属するとされたからである。

 

弁理士 野村俊博

進歩性 課題を把握することが重要

進歩性 課題を把握することが重要

判例No.12 平成20年(行ケ)第10096号審決取消請求事件

 

※以下は、この判決についての独自の見解です。
※以下において、「」内は、上記の判決文からの引用です。

 

1.本件発明の要点
(特徴)
請求項1の記載は次の通り。
「【請求項1】
下記(1)~(3)の成分を必須とする接着剤組成物と,含有量が接着剤組成物100体積に対して,0.1~10体積%である導電性粒子よりなる,形状がフィルム状である回路用接続部材。
(1) ビスフェノールF型フェノキシ樹脂
(2) ビスフェノール型エポキシ樹脂
(3) 潜在性硬化剤」

(効果)
 回路用接続部材は、相溶性が良好なビスフェノールF型フェノキシ樹脂を含むので、汎用溶剤で溶かすことができる。
 回路用接続部材は、接着性が良好なビスフェノールF型フェノキシ樹脂を含むので、微細回路接続後の信頼性が高い。

 

2.相違点
 本件発明は、ビスフェノールF型フェノキシ樹脂を成分としているのに対し、引用発明は、特定アクリル樹脂を成分としている点。

 

3.判決における進歩性の判断
 出願に係る発明の特徴点は、当該発明が目的とした課題を解決するためのものであるから、その課題を的確に把握することが重要である。
 そして、その課題を解決するための当該特徴点に容易に想到できたといえるためには、当該特徴点に到達できる試みをしたであろうという推測が成り立つのみでは十分ではなく,当該発明の特徴点に到達するためにしたはずであるという示唆等が存在することが必要である(具体的な判示事項は下記の注1の通り)。

 これに沿って進歩性を検討する。
 本件発明の特徴点は、相溶性及び接着性の更なる向上という課題を解決するために、ビスフェノールF型フェノキシ樹脂を回路用接続部材の成分にしたことにある。
 これに対し、いずれの文献にも、相溶性及び接着性の更なる向上のみに着目してビスフェノールF型フェノキシ樹脂を回路用接続部材に用いることの示唆がない。
 したがって、フェノールF型フェノキシ樹脂を回路用接続部材用いることが,当業者には容易であったとはいえない。

 

4.実務上の指針
 出願に係る発明の進歩性を主張する時に、当該発明の課題を把握することが重要である。
 この課題が、いずれの引用文献にも記載されていない場合には、この課題を解決するために当該発明の特徴点を採用することが、いずれの引用文献にも記載も示唆もされていない場合が多い。したがって、このような場合には、次のように主張する。

 主張:
「本願請求項に係る発明の課題は、いずれの引用文献にも記載されていない。
 また、この課題を解決するために当該発明の特徴点を採用することが、いずれの引用文献にも記載も示唆もされていない。」

 

弁理士 野村俊博

 

注1:
「出願に係る発明の特徴点(先行技術と相違する構成)は,当該発明が目的とした課題を解決するためのものであるから,容易想到性の有無を客観的に判断するためには,当該発明の特徴点を的確に把握すること,すなわち,当該発明が目的とする課題を的確に把握することが必要不可欠で
ある。そして,容易想到性の判断の過程においては,事後分析的かつ非論理的思考は排除されなければならないが,そのためには,当該発明が目的とする「課題」の把握に当たって,その中に無意識的に「解決手段」ないし「解決結果」の要素が入り込むことがないよう留意することが必要となる。さらに,当該発明が容易想到であると判断するためには,先行技術の内容の検討に当たっても,当該発明の特徴点に到達できる試みをしたであろうという推測が成り立つのみでは十分ではなく,当該発明の特徴点に到達するためにしたはずであるという示唆等が存在することが必要であるというべきであるのは当然である。」

進歩性 後知恵 本件発明を知った状態で引用発明を認定すると認定を誤る場合がある

進歩性 後知恵 本件発明を知った状態で引用発明を認定すると認定を誤る場合がある

 

判例No.11 平成20年(行ケ)第10261号審決取消請求事件

 

※以下は、この判決についての独自の見解です。

※以下において、「」内は、上記の判決文からの引用です。

 

1.判決の概要

 審決では、引用例の内容を誤って認定しているので、本件発明の容易想到性の判断は誤っている。したがって、審決を取り消す。

 

2.本件発明のポイント

 本件発明に係る請求項1の記載は次の通り。

「【請求項1】鼻の鬱血,再発性副鼻洞感染,又はバクテリアに伴う鼻の感染又は炎症を治療又は防止するために,それを必要としている人に対して鼻内へ投与するための鼻洗浄調合物であって,

キシリトールを水溶液の状態で含有しており,キシリトールが水溶液100cc当たり1から20グラムの割合で含有されている調合物。」

 

 効果:鼻咽頭への感染及びそれらの感染に伴う症状を低減できる。

 

3. 引用例の認定の誤りによる審決の取り消し

 容易想到性の判断においては,「事後分析的な判断,論理に基づかない判断及び主観的な判断を極力排除するために」、引用例の内容の認定に当たって、その中に無意識的に本件発明の解決手段の要素が入り込むことのないように留意することが必要となる。

 

 これについて、審決における引用例2の発明の認定は誤っている。

 引用例2の記載「抗感染剤は,エアロゾル粒子の形態で鼻の中に投与されることができる」は、引用例2の他の記載を考慮すると、エアロゾル粒子を、感染部位である「気道下部」に、感染部位ではない鼻を通して投与することを意味する。そうすると、引用例2の発明では、感染部が鼻であることを想定しておらず、感染部位としての鼻に抗感染剤を投与しているとはいえない。

したがって,「引用例2には,・・・感染剤を・・・感染部位である鼻に投与できることが記載されている(摘記事項(G))。」とした審決の認定は誤りである。

 

 このような誤りのある認定に基づく容易想到性の審決の判断は誤りであるので、審決を取り消す。

 

4.実務上の指針

 特許出願の拒絶理由通知書では、発明の進歩性判断にあたって、引用文献の内容が認定されているが、認定は、本件発明を知った状態で出願の発明を拒絶するために行われている。そのため、認定に出願の発明の要素が入り込んでいる場合がありえる。

 上記の判例については、引用例2は、鼻を通して感染部位である気道下部に感染剤を投与することを記載しているが、審決では、鼻が感染部位であり鼻に感染剤を投与できることが引用例2に記載されていると、誤って認定している。

 

 拒絶理由通知書における引用文献の内容の認定を、そのまま受け入れずに、本当に正しいかを確認する。

 確認の一つの方法では、最初に引用文献を読んでその内容を自分で確認した後に、拒絶理由通知書に記載された引用発明の認定内容を読むことにより、引用文献の内容の認定が正しいかを判断する。

 

弁理士 野村俊博

進歩性 用途限定 用途発明 他の物との関係で特定した物の構成は相違点になる

進歩性 用途限定 用途発明 他の物との関係で特定した物の構成は相違点になる

 

判例No.10 平成27年(行ケ)第10260号 審決取消請求事件

 

※以下は、この判決についての独自の見解です。

※以下において、「」内は、上記の判決文からの引用です。

 

1.判決の概要

 本件発明は、鍵の発明であり、鍵とは別体の物(鍵が挿入されるロータリーディスクタンブラー錠)との関係で特定された構成を有する。

 この構成により、本件発明は引用発明から容易であるとはいえない。

 

2.本件発明の要点

 特徴:ロータリーディスクタンブラー錠用の鍵において、鍵のブレードの平面部に複数種類の大きさと深さの摺り鉢形の窪みが形成され、ロータリーディスクタンブラー錠の鍵孔に鍵を挿入した時に、これらの窪みが、それぞれ、複数のロータリーディスクタンブラーの係合突起と係合して、これらタンブラー群の揺動角度を変化させてロックが解除される。

 

効果:「従来のレバータンブラー錠における合鍵と異なり,ブレードの端縁部に形成されたV字形の鍵溝ではなく,窪みの深さによって鍵違いを得るようにしたので,一の窪み25と隣接する他の窪み25の間隔を従来の鍵溝間のそれより短くすることができ,したがって,タンブラーの数を増大させ,その分鍵違いを多くすることができる」

 

3.相違点

 本件発明は、請求項の記載から次の構成を有しているといえる。

 

 本件発明の構成:

 鍵の窪みは,その深さとブレードの幅方向の位置が,ロータリーディスクタンブラーの揺動による円弧に沿ったものである。

 

 このように鍵とは別体のロータリーディスクタンブラーとの関係で特定される上記構成を、引用発明が有しているかは不明である。

 したがって、上記構成は、引用発明との相違点になる。

 

4.判決における進歩性の判断

 「本件発明及び引用発明は,いずれも鍵の発明ではあるものの,それぞれの錠に対応する合鍵としての発明であるから,錠の構造を捨象して,鍵の形状のみによって容易想到性を判断することはできない。」

 したがって、上記の相違点(上記構成)は、引用発明や他の文献によっても埋められないので、本件発明は、引用発明から容易とはいえない。

 

5.実務上の指針

 上記の判決では、本件発明が鍵の発明であっても、鍵とは別体の物(鍵が挿入されるロータリーディスクタンブラー錠)との関係で特定された構成により、引用発明との相違点が認定されている。

 本件発明を記載した請求項において、鍵の構成が、ロータリーディスクタンブラー錠との関係で記載され、かつ、「ロータリーディスクタンブラー錠用の鍵。」のように用途が限定されている。

 したがって、ある物の発明を請求項に記載する場合に、当該物の構成を、請求項において他の物との関係により特定できる。

 この点は、特許庁の審査基準にも、次のように記載されている。以下の『』内は、用途限定に関する特許庁の審査基準の記載である。

 

『用途限定が付された物が、その用途に特に適した物を意味する場合は、審査官は、その物を、用途限定が意味する形状、構造、組成等(以下この項(3.)において「構造等」という。)を有する物であると認定する(例1及び例2)。その用途に特に適した物を意味する場合とは、用途限定が、明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識をも考慮して、その用途に特に適した構造等を意味すると解釈される場合をいう。』

 

弁理士 野村俊博

進歩性 構成が同じに見えても技術的意義が異なれば特許になる

進歩性 構成が同じに見えても技術的意義が異なれば特許になる

 

判例No.9平成27年(行ケ)第10242号 審決取消請求事件

 

※以下は、この判決についての独自の見解です。

※以下において、「」内は、上記の判決文からの引用です。

 

1.判決の概要

 本件発明について請求項1と明細書の両方から把握される技術的意義が、引用発明に記載されておらず、二重瞼の形成原理が両発明の間で全く異なる。

 したがって、本件発明は、引用発明から容易に想到できるものではない。

 

2.本件発明のポイント

 本件発明の請求項1は、次の通りに記載されている。

 

特徴:「【請求項1】延伸可能でその延伸後にも弾性的な伸縮性を有する合成樹脂により形成した細いテープ状部材に,粘着剤を塗着することにより構成した,ことを特徴とする二重瞼形成用テープ。」

 

効果:二重瞼形成用テープを、延伸させた状態で瞼に押し当てて、粘着剤によりそこに貼り付け、そのまま両端の把持部を離すと、テープ状部材の弾性的な収縮力によりテープ状部材を瞼に食い込ませて二重瞼を形成できる。

 

3.相違点

 本件発明の「延伸可能」と「二重瞼形成用テープ」とが互いにどのような関係にあるのかは、請求項1の記載から把握できないので、明細書を参酌することは許される(リパーゼ事件判決:注1)。

 この参酌により、「延伸可能」と「二重瞼形成用テープ」とは、「延伸させたテープ状部材の収縮力によりテープ状部材を瞼に食い込ませて二重瞼を形成する」という関係があるといえる。

 本件発明は、この関係を有するものと認定できる。

 引用発明のテープ細帯は、この関係を有するものではないので、本件発明と相違する。

 

 注1:発明の要旨認定においては、特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解することができないなどの特段の事情がある場合に限って、明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌することが許される。

 

4.進歩性の判断

 上記相違点に関し、引用発明は、二重瞼を形成する原理が本件発明と全く異なる。

 また、引用発明のテープ細帯においても、延伸後に弾性的な収縮力が発生しているとしても、このテープ細帯の収縮力の程度では,本件発明のように,テープ状部材を瞼に食い込ませて二重瞼を形成できるとは思われない。

 したがって、本件発明は、引用発明から容易に想到できるものではない。

 

5.実務上の指針

 権利化しようとする発明(権利化対象発明)と引用発明との構成が同じであっても、権利化対象発明の構成要素の物理的性質の程度(上記判例では、延伸後の弾性的な収縮力の程度)の違いにより、権利化対象発明の技術的意義が引用発明には無いと言える場合には、次の対応(1)をとる。

 

(1)権利化対象発明と引用発明との間で、構成要素の物理的性質の程度(上記判例では収縮力の程度)が異なるので、引用発明では、権利化対象発明の技術的意義(上記判例ではテープ状部材を瞼に食い込ませて二重瞼を形成できること)が無いと主張する。

 

 また、スムーズな権利化や争いを無くすために、次の(2)の対応をすることも、請求の範囲の書き方の1つになりえる。

 

(2)上記の技術的意義が請求の範囲から読み取れない場合には、上記の技術的意義を請求項に反映する。上記判例では、『テープ状部材を瞼に食い込ませて二重瞼を形成するための』というような目的の特定を請求項1に反映させる(本ブログのNo.1を参照:進歩性 使用時の状態の相違 目的の特定 - hanreimatome_t’s blog)。

 

弁理士 野村俊博

進歩性 引用発明の目的から離れる限定は容易でない

進歩性 引用発明の目的から離れる限定は容易でない

 

判例No.8平成27年(行ケ)第10165号 審決取消請求事件

※以下は、この判決についての独自の見解です。

※以下において、「」内は、上記の判決文からの引用です。

 

1.判決の概要

 引用発明に具体的に開示された形状を本件発明と同じ形状に限定とすることは,引用発明の目的から離れていくので、本件発明は容易とはいえない。

 

2.本件発明の要点

 本件発明としての請求項1の記載は、次の特徴の通りである。

特徴:「発泡プラスチック等弾力性のある材料で作られた5角柱体状の首筋周りストレッチ枕」

 

効果:「5角柱体状であるから,頭を枕にこすり付けても滑りを起こさずに強い抗力,強い摩擦力を引き出してくれるので,人間が仰臥又は横臥の姿勢で枕に頭をこすり付けたり,引っ掛けたりするストレッチ運動を,他の角柱体状又は円筒体状の枕よりも容易にかつ安定して行うことができる」

 

3.相違点

 本願発明では、枕の形状が5角柱体状であるのに対し,引用発明では、枕の形状は、多角柱形状ではあるが、5角柱体状に限定されていない。

 

4.進歩性の判断

(1)引用発明の転がり枕は,請求項1の記載「円形状若しくは多角形状の外周をもつ転がり容易な円柱形状の弾性体枕」などを考慮すると、「引用発明の転がり枕の外周面は,円に近い形状の多角形が想定されているものと認められる」。

 したがって、引用例(引用発明)に具体的に開示された8角形よりも角の数の少ない多角形状の外周面を持つ形状とすることは,引用発明の目的(「容易に転がして体の任意の部分にあてがうことができ,また,その部位をわずかに上げて転がすことであてがい直しができる」など)から離れていくので,「これを試みること自体に相応の創意を要する」。

 

(2)本件発明では、「枕を5角柱体とすることに格別の技術的意義」、例えば上記項目2の効果を見出したのに対し、「枕の断面形状を5角形とすることが周知技術とはいえない」。

 

 よって、本件発明は引用発明から容易とはいえない。

 

5.実務上の指針

 引用発明の形状(上記判例では枕の外周の形状)をさらに限定(上記判例では5角形に限定)すると本件発明と同じになる場合であって、この限定が引用発明の目的から離れる場合には、その旨を主張する。

 

弁理士 野村俊博

進歩性 阻害要因 技術的意義による用語の解釈 二段階を経ることは容易でない

進歩性 阻害要因 技術的意義による用語の解釈 二段階を経ることは容易でない

判例No.7 平成27年(行ケ)第10164号 審決取消請求事件

 

※以下は、この判決についての独自の見解です。

※以下において、「」内は、上記の判決文からの引用です。

 

1.判決の概要

 引用発明1に引用発明2を適用することに阻害要因があるので、引用発明1、2により本件発明に容易に想到できたとは言えない。

 

2.本件発明(請求項1)の要点

 特徴:ロータリ作業機のトラクタ後部に設けた作業ロータのシールドカバーにおいて、その進行方向後方側の位置で固定され前記端部寄りの部分が自重で垂れ下がる弾性土除け材が,周方向に隣接して複数設けられ、各土除け材の固定位置すべてが,隣接する他の土除け材と互いに重なっている。

 作用効果:「土除け材の固定位置はそれ自身の振動によっても振動を生じない箇所であるから,付着した土砂が落下しにくく,土砂が堆積し易い。そこで,前方側の土除け材の固定位置を後方側の土除け材が覆うことで,または逆に後方側の土除け材の固定位置を前方側の土除け材が覆うことで,固定位置への土砂の付着自体を生じにくくすることができる。」

 

3.相違点

 上記の特徴は,引用発明1に記載されていない。

 

4.判決における進歩性の判断

(阻害要因)

 引用発明2の弾性部材23を、弾性部材23の前端部が自重で垂れ下がるようにして引用発明1の土付着防止部材20として適用すると、この垂れ下がりによりリヤカバーと弾性部材23との接合部に間隙が生じ、この間隙から土が進入して接合部に土がたまりやすくなる。その結果、接合部に土がたまりやすくなという引用発明2の課題を解決できなくなるので、この適用には阻害要因がある。

 

(用語の解釈)

 本件発明の「自重で垂れ下がる弾性土除け材」の「自重で垂れ下がる」とは、ロータリ作業機本体の振動に伴って土除け材が振動することにより土除け材に付着した土砂を落下させるという技術的意義のある現象を生じさせるものである。

 これに対し、引用発明2において、弾性部材23の前端を自由端にする形態は、上記技術的意義のある現象を生じさせるものと認められない。

 したがって、引用発明2の弾性部材23を引用発明1に適用しても、本件発明の「自重で垂れ下がる弾性土除け材」に至らない。

 

(二段階を経ることは容易でない)

 引用発明1に基づいて本件発明に至るには、次の二つの段階を要する。

 二つの段階を経ることは、格別な努力が必要であり,当業者にとって容易であるということはできない。

 一つ目の段階:引用発明2の弾性部材23の前端部を上記技術的意義が生じるように自重で垂れ下がるものとする。

 二つ目の段階:自重で垂れ下がるようにした引用発明2の弾性部材23を、引用発明1の土付着防止部材20として適用する。

 

5.実務上の指針

(阻害要因の主張)

 引用発明1に引用発明2の部材を適用することにより進歩性が否定されそうな場合には、次のように反論できないかを検討する。

 反論:引用発明2の部材は、引用発明1への適用後において、当該部材が解決する引用発明2の課題を解決できない状態になっているので、適用には阻害要因がある。

 

(用語の技術的意義)

 本件発明の請求項に記載した用語に技術的意義があり、技術的意義の有無で、本件発明と引用発明とが相違する場合には、その技術的意義の相違を、主張し又は請求項で明記する。

 また、請求項に記載する用語の技術的意義を、予め、明細書に記載しておく。

 

(二段階の思考)

 本件発明に至るには、一つ目の段階で引用発明2の技術を変更し、二つ目の段階で変更後の当該技術を引用発明1に適用する必要がある場合には、次のように反論する。

 反論:二つの段階を経ることは、格別な努力が必要であり,当業者にとって容易であるということはできない。

 

弁理士 野村俊博

進歩性 物の発明に係る請求項 構成要素の動作の特定

進歩性 物の発明の請求項において、発明の構成要素の動作は相違点として考慮される

判例No.6 平成27年(行ケ)第10164号 審決取消請求事件

※以下は、この判決についての独自の見解です。

※以下において、「」内は、上記の判決文からの引用です。

 

1.判決のポイント

 本件発明において相違点に係る構成(すなわち下記の特徴)は,固有の作用を奏するものであるので,単なる設計的事項にすぎないものであるということはできない。

 

2.本件発明のポイント

概要:レセプタクルコネクタに嵌合したケーブルコネクタ後側の部分をレセプタクルコネクタから持ち上げようとすると、両者が互いに当接することによりレセプタクルコネクタはケーブルコネクタから抜き出せない。一方、レセプタクルコネクタに嵌合したケーブルコネクタ前側の部分をレセプタクルコネクタから持ち上げると、両者が互いに当接せず、レセプタクルコネクタはケーブルコネクタから抜き出せる。

 

 より詳しくは次の通り。

 

特徴:ケーブルコネクタとレセプタクルコネクタとを互いに嵌合接続するために、一方にはロック突部が設けられ、他方にはロック溝部と該溝内へ突出する突出部とが設けられる。嵌合時に、ロック突部が嵌合方向で上記ロック溝部内に進入して、ケーブルコネクタの姿勢が、前端側が持ち上がった上向き傾斜姿勢から嵌合終了の姿勢へ変化する。この姿勢の変化に応じて上記突出部に対する上記ロック突部の位置が変化する。

 

効果:ケーブルコネクタの姿勢の変化に応じて上記突出部に対する上記ロック突部の位置が変化する構成により、嵌合状態において、「ケーブルコネクタが後端側を持ち上げられて抜出方向に移動されようとしたとき,上記ロック突部が上記抜出方向で上記突出部と当接して該ケーブルコネクタの抜出を阻止」し、嵌合状態において、ケーブルコネクタの前端部を持ち上げることにより「上記ロック突部と上記突出部との上記当接可能な状態が解除されて,上記ケーブルコネクタの抜出が可能となる」。

 

3.相違点

 上記の特徴は、引用発明に記載されていないので、相違点となる。

 

4.進歩性の判断

 上記特徴により得られる上記効果は、本件発明に固有のものであるため、上記特徴は、単なる設計的事項にすぎないものであるということはできない。

 

5.実務上の指針

 物の発明の請求項において、発明の構成要素の動作は相違点として考慮される

 本件発明の請求項1は、物の発明の請求項であり、この請求項には、上記特徴として、記載A「上記姿勢の変化に応じて上記突出部に対する上記ロック突部の位置が変化する」がある。この記載Aは、互いに当接し合うロック突部と突出部を、その動作により特定している。

 このように、ロック突部と突出部をその動作により特定した記載Aが相違点として認められ、その結果、本件発明の進歩性が否定されなかった。

 したがって、物の発明の請求項において、発明の構成要素を構成(形状や位置)により特定したくない場合には、構成要素を、その動作により特定することもできる。

 

弁理士 野村俊博

進歩性 「容易の容易」は容易でない

進歩性 「容易の容易」は容易でない

判例No.5 平成27年(行ケ)第10149号 審決取消請求事件

※以下は、この判決についての独自の見解です。

※以下において、「」内は、上記の判決文からの引用です。

 

1.判決のポイント
 引用発明において、自明の課題を解決するために周知例に開示された構成を採用することは容易である。
 この採用によって生じる別の課題を解決するために別の周知技術を採用することは、「容易の容易」に該当し容易ではない。
 当該別の課題は、引用発明自体について認識できないからである。

 

2.本件発明の要点
特徴:港湾,河川,湖沼などのヘドロや土砂をシェルで掴むクラブバケットにおいて、「シェルの上部にシェルカバーを密接配置するとともに,前記シェルカバーの一部に空気抜き孔を形成し」ている。
作用効果:掴んだヘドロや土砂は、シェルカバーでシェル内に密閉されるので、水中で撹乱しない。シェルが水中を降下する際には、シェル内の水が空気抜き孔から上方に抜けるので、シェルの水中での抵抗を減少させて降下時間を短縮できる。

 

3.相違点について
 本件発明では、「シェルの上部にシェルカバーを密接配置するとともに,前記シェルカバーの一部に空気抜き孔を形成し,該空気抜き孔に,シェルを左右に広げたまま水中を降下する際には上方に開いて水が上方に抜けるとともに,シェルが掴み物を所定容量以上に掴んだ場合にも内圧の上昇に伴って上方に開き,グラブバケットの水中での移動時には,外圧によって閉じられる開閉式のゴム蓋を有する蓋体を取り付け」るのに対して,引用発明においては,そのように構成されているか否か不明である。

 

4.進歩性の判断
 シェルで掴んだ土砂や濁水等の流出を防止するという自明の課題を把握して、この課題を解決するために、「シェルの上部にシェルカバーを密接配置する」ことは、周知技術である。
 また、シェルの上部が密閉されている場合に、シェル内部にたまった水や空気を排出するために、シェルの上部に空気抜き孔を形成することは周知技術である。
 したがって、引用発明において「シェルの上部にシェルカバーを密接配置する」ことは容易であり、シェルの上部が密閉されている場合にシェルの上部に空気抜き孔を形成することも容易である。
 このような「容易の容易」の過程を経ることで本件発明に想到するが、この「容易の容易」は容易でない。引用発明自体について、シェル内部にたまった水や空気を排出する必要があるという課題を当業者が認識することは考え難いからである。

 

5. 実務上の指針
 引用発明から本件発明に想到するために、引用発明に公知技術を二段階で適用すること(「容易の容易」)が必要な場合であって、一段階目の適用をしたことによって生じる課題Pを解決するために二段階目の適用をすることになる場合には、次のように進歩性を主張する余地がある。
 進歩性の主張:
 上記課題Pは、引用発明自体について認識できないので、引用発明に二段階の適用をすることは、「容易の容易」に該当し容易ではない。

弁理士 野村俊博

 

 

特許請求の範囲 技術的意義 サポート要件

特許請求の範囲 技術的意義 サポート要件

判例No. 4 平成26年(ワ)第8905号 特許権侵害差止等請求事件

※以下は、この判決についての独自の見解です。

※以下において、「」内は、上記の判決文からの引用です。

 

1.判決の要点
 請求項に記載した発明がサポート要件を満たすためには、発明の技術的意義が把握できるように請求項が記載されていればよい。この把握は、明細書や技術常識を参酌してなされてよい。

2.争点
 請求項の記載A「第一のn型層よりも電子キャリア濃度が大きい第二のn型層」について、第二のn型層の電子キャリア濃度の範囲を請求項で特定しなくても、サポート要件を満たすか。

 なお、当該請求項の記載は、以下の通り。
「基板上にn型層,活性層,p型層が積層された構造を備え,該p型層上と,該n型層が一部露出された表面に,それぞれ正電極と負電極が設けられた窒化ガリウム系化合物半導体発光素子であって,

 前記n型層中に,第一のn型層と,第一のn型層に接して,第一のn型層よりも電子キャリア濃度が大きい第二のn型層と,を有すると共に,

 前記n型層中の基板と前記露出表面の間にあるn型層領域において,前記第一のn型層であって前記露出表面が形成された層と,該第一のn型層の基板側に設けられた前記第二のn型層と,を有する窒化ガリウム系化合物半導体発光素子。」

 

3.判示事項
 上記の記載Aの技術的意義が、明細書と技術常識から把握できる。
 技術的意義:電極から注入された電子が、電子キャリア濃度が相対的に大きい第二のn型層を通ることにより、半導体発光素子の順方向電圧Vfを低下させることができる。この効果は、第二のn型層の電子キャリア濃度が第一のn型層の濃度よりも少しだけ大きい場合でも、少しは得られる。
 このように、上記の記載Aの技術的意義が把握できるので、第二のn型層の電子キャリア濃度の範囲を請求項で特定しなくても、サポート要件を満たす。
 
4.実務上の指針
 物理的数量(本件では濃度)の具体的範囲を請求項に記載しなくても、ある部分の物理的数量が他の部分の物理的数量よりも大きいか又は小さいかを請求項に記載しておけばよい。
 このように請求項に記載した物理的数量の相対的比較の技術的意義を明細書に記載しておく。
 これにより、物理的数量の具体的範囲が請求項に記載されていないことを理由としてサポート要件が否定されることを回避できると思われる。

弁理士 野村俊博

進歩性 設計的事項

進歩性 設計的事項

判例No.3 平成26年(ワ)第8905号 特許権侵害差止等請求事件について

※以下は、この判決についての独自の見解です。

※以下において、「」内は、上記の判決文からの引用であり、『』は、特許庁の審査基準からの引用です。

 

本件発明の進歩性が否定されなかったのは、次の理由によります。

 理由:相違点に係る構成は、設計的事項とはいえない。

 

(1)本件発明のポイント

特徴:第一のn型層に接して、第一のn 型層よりも電子キャリア濃度の大きい第二のn型層33 を活性層側に形成する(具体的には下記の請求項2)。

 

作用効果:第一のn型層から供給される電子が電子キャリア濃度の大きい第二のn 型層中を通って均一に広がることにより、活性層を均一に発光させる。また、電子がキャリア濃度の大きい第二のn型層33を通って流れるので、発光素子の順方向電圧Vfを低下させることができる。

 

「【請求項2】

 基板上にn型層,活性層,p型層が積層された構造を備え,該p型層上と,該n型層が一部露出された表面に,それぞれ正電極と負電極が設けられた窒化ガリウム系化合物半導体発光素子であって,

 前記n型層中に,第一のn型層と,第一のn型層に接して,第一のn型層よりも電子キャリア濃度が大きい第二のn型層と,を有すると共に,

 前記n型層中の基板と前記露出表面の間にあるn型層領域において,前記第一のn型層であって前記露出表面が形成された層と,該第一のn型層の基板側に設けられた前記第二のn型層と,を有する窒化ガリウム系化合物半導体発光素子。」

 

(2)相違点

 本件発明では、「前記n型層中の基板と前記露出表面の間にあるn型層領域において,前記第一のn型層であって前記露出表面が形成された層と,該第一のn型層の基板側に設けられた前記第二のn型層と,を有する」のに対し,主引用文献では、そのようになっていない。

 

(3)進歩性の判断

 上記相違点に係る構成、すなわち、第二のn型層ではなく第一のn型層に電極形成用の露出表面を形成することは、設計的事項にすぎないとはいえない。

 設計的事項について、特許庁の審査基準では『一定の課題を解決するための技術の具体的適用に伴う設計変更や設計的事項の採用』と記載されており、その理由として、同審査基準において『当業者の通常の創作能力の発揮にすぎないからである』と記載されています。

 本件発明では、上記相違点に係る構成は、「エッチングを第二のn型層33で止めることが生産技術上困難である」という課題を解決するために採用されている。この課題は、副引用例には何ら記載されていない。

したがって、上記相違点に係る構成は設計的事項ではないといえる。

 

(4)実務上の指針

 以下の状況を想定する。

 想定状況:対象の発明(例えば権利化しようとする発明)における特定の構成が、どの引用文献にも記載されていないので、引用文献との相違点となっている。しかし、この構成が単なる設計事項であるとして、対象の発明の進歩性が否定されそうになっている。

 

 この想定状況で、可能であれば、対象の発明の進歩性を次のように主張する。

 主張:相違点となっている構成は、従来技術に示されていない課題を解決するものであるので、設計的事項ではない。

 これにより進歩性が認められやすくなる。

 

弁理士 野村俊博

進歩性 構成が同じでも機能が異なれば特許になる(物の発明)。

進歩性 構成が同じでも機能が異なれば特許になる。

 

判例No.2 平成22年(行ケ)第10258号 審決取消請求事件にについて

※以下は、この判決についての独自の見解です。

※以下において、「」内は、上記の判決文からの引用です。

 

 本件発明の進歩性が認められたのは、次の理由によります。

 理由:

『本件発明と引用例1は、「ガラスカッターホイール」の刃先に突起を設けた点で共通するが、突起の大きさが相違することにより作用効果が異なる』

 

(1)本件発明のポイント

特徴:「【請求項1】ディスク状ホイールの円周部に沿ってV字形の刃を形成してなるガラスカッターホイールにおいて,刃先に打点衝撃を与える所定形状の突起を形成したことを特徴とするガラスカッターホイール。」

作用効果:「所定形状の突起により,ガラスカッターホイールの転動時,ガラス板に打点衝撃を与え,更に突起がガラス板に深く食い込むために,ガラス板を,不要な水平クラックが発生しないまま,板厚を貫通するほどの極めて長い垂直クラックを発生させて,ガラス面をスクライブする」

 

(2)相違点

 本件発明では、「ガラスカッターホイール」の刃先に「打点衝撃を与える所定形状の突起を形成した」ことにより、板厚を貫通するほどの極めて長い垂直クラックを発生させることができる。

 これに対し、引用例1(特開平6-56451)には、「ガラスカッターホイール」において突起として凹凸が記載されているが、この凹凸は、微細であるので、ガラス板に板厚を貫通するほどの垂直クラックを発生させる打点衝撃を与えるものではない。

 したがって、本件発明の「打点衝撃を与える所定形状の突起」は、引用例1の「凹凸」と相違する。

 

(3)進歩性の判断

 本件発明では、上記相違点に係る「打点衝撃を与える所定形状の突起」により、上記(1)の作用効果が得られる。

 このようにする点は、引用例1には記載も示唆もされていない。

 よって、本件発明は、引用例1から容易に想到できたものではない。

 

(4)実務上の指針

機能的な記載は相違点として認められる

 本件発明は、「ガラスカッターホイール」の刃先に設けた突起の大きさが引用例1と相違することにより、作用効果が引用例1と相違しています。

 この点は、請求項1の記載「打点衝撃を与える所定形状の突起」により認められています。もし、この記載の代わりに、単に「所定形状の突起」と請求項1に記載されていたら、請求項1の突起と引用例1の突起(凹凸)は同一になり、請求項1と引用例1の発明は同じ構成を有します。すなわち、請求項1は、「打点衝撃を与える」という機能的な記載により、突起(凹凸)の構成(大きさ)の相違が認められて進歩性が認められています。

 したがって、先行技術の構成との相違を示す手段として、請求項に機能的な記載を加えることも有効です。

 ただし、相違を示すために機能的な記載が不要な場合には、あえて機能的な記載を加えないほうがよい場合が多いです。例えば、機能的な記載により権利範囲が不明確になることもあり得るからです。

 

弁理士

野村俊博