進歩性 阻害要因

進歩性 阻害要因

 

判例No.21 平成17年(ワ)第6346号損害賠償等請求事件

※以下は独自の見解です。

 

1.実務上の指針

 主引用例に副引用例の内容を適用することにより対象発明に想到する場合に、次の(1)が言える場合だけでなく、次の(2)が言える場合にも、上記適用に阻害要因があるとして、対象発明は、主引用例と副引用例に対し進歩性があると言えると考える。

 

(1)主引用例に副引用例の内容を適用すると、主引用例の目的を達成できなくなる。

(2)主引用例に副引用例の内容を適用すると、主引用例の目的の達成度が低下する。

 

2.本件発明の内容

 上記判例の特許(特許番号第1970113号)の請求項1は、次のように記載されている。なお、請求項1の特許発明による損害賠償請求が認められている。

 

「【請求項1】体液吸収体と、透水性トップシートと、非透水性バックシートとを有し、前記透水性トップシートと非透水性バックシートとの間に前記体液吸収体が介在されており、

前記体液吸収体の長手方向縁より外方に延びて前記透水性トップシートと前記非透水性バックシートとで構成されるフラップにおいて腰回り方向に弾性帯を有する使い捨て紙おむつにおいて、

前記弾性帯は弾性伸縮性の発泡シートであり、かつこの発泡シートが前記透水性トップシートと前記非透水性バックシートとの間に介在され、前記体液吸収体の長手方向縁と離間しており、

前記トップシートのバックシートがわ面において、体液吸収体端部上と発泡シート上とに跨がってその両者に固着されるホットメルト薄膜を形成し、

さらに前記離間位置において前記ホットメルト薄膜が前記非透水性バックシートに前記腰回り方向に沿って接合され、体液の前後漏れ防止用シール領域を形成したことを特徴とする使い捨て紙おむつ。」

 

3.阻害要因

 上記判例では、引用文献5(特開昭61-207606号公報)に記載の発明(引用発明5)に引用文献1(特開昭61-100246号公報)に記載の発明(引用発明1)を適用ことには阻害要因があるとされた。

 

 引用発明5では、使い捨て衣類(例えばおむつ)において、弾性要素を、互いに離間した複数の接合点で、衣類の層に結合している。これにより、「弾性要素が縮んだ状態にあるとき各接合点間で外層にミクロなたわみを生じるような伸縮構造を提供する」ことにより、引用発明5の目的「裁縫仕立ての外観を与える」を達成している(ここで「」内は、引用文献5からの引用です)。

 また、引用文献5には、『「ホットメルト薄層」が「吸収芯」上と「弾性要素」上とに跨ってその両者に固着されている構成が記載されている。』(ここで『』内は、上記判決文からの引用です)

 

 このような引用発明5のホットメルト薄層に、引用発明1におけるホットメルト不透水性被膜を適用すると、このホットメルト不透水性被膜は面状に塗布されるものであるので、互いに離間した複数の接合点を形成できなくなり、その結果、上記のたわみを形成できなくなる。したがって、引用発明5に引用発明1を適用すると、引用発明5の上記目的を達成できなくなるので、この適用には阻害要因がある。

 

 これについて自分で検討してみると、引用発明5において、弾性要素の全ての範囲ではなく、ホットメルト薄層の存在範囲においてだけ、上記目的が達成されなくなるように思う。すなわち、上記適用により上記目的の達成度が低下すると思う。よって、主引用例に副引用例の内容を適用すると、主引用例の目的を達成できなくなる場合だけでなく、主引用例の目的の達成度が低下する場合にも、この適用には阻害要因があるといえると思う。

 

 阻害要因について上記判例の記載は、次の『』内の通りです。

 『引用発明5において,弾性要素の接合点は,弾性要素の伸縮状態に応じて衣類の外側層にミクロなうね又はたわみを生じさせるために設けられている。したがって,仮に,引用発明5の「ホットメルト薄層」に,引用発明1の「上記透水性表面シートの吸収体側表面上の,上記吸収性物品の少なくとも幅方向中央領域に,上記表面シートとバックシートとの一体的接合部分から吸収体上に臨む位置に亘って延在するホットメルト不透水性被膜」を適用すれば,引用発明5の弾性要素と身体側ライナー72及び吸収性の芯22とが,不透水性被膜といえる程度に接着されることになるので,上記うね又はたわみを形成することができなくなる。したがって,引用発明5に引用発明1を組み合わせることには阻害要因がある。』

 

4.審査基準

 阻害要因について、特許庁の審査基準には、次の「」内の記載がある。

 

「阻害要因の例としては、副引用発明が以下のようなものであることが挙げられる。

(i) 主引用発明に適用されると、主引用発明がその目的に反するものとなるような副引用発明(例1)

(ii) 主引用発明に適用されると、主引用発明が機能しなくなる副引用発明(例2)

(iii) 主引用発明がその適用を排斥しており、採用されることがあり得ないと考えられる副引用発明(例3)

(iv) 副引用発明を示す刊行物等に副引用発明と他の実施例とが記載又は掲載され、主引用発明が達成しようとする課題に関して、作用効果が他の実施例より劣る例として副引用発明が記載又は掲載されており、当業者が通常は適用を考えない副引用発明(例4)」

 

上記の判例は、上記審査基準の(i)または(iv)に該当すると思う。

 

弁理士 野村俊博

進歩性 除くクレーム

 

進歩性 除くクレーム

 

判例No.20平成20年(行ケ)第10065号審決取消請求事件

※以下は独自の見解です。

 

1.本件特許の記載

 特許第3835698号の請求項1の記載は、次の「」内と通り。ただし、下線部の箇所は、除くクレームとする補正箇所に変更した。

 

「フェノール樹脂又はイオン交換樹脂を炭素源として製造され、直径が0.01~1mmであり、ラングミュアの吸着式により求められる比表面積が1000m2/g以上であり、そして細孔直径7.5~15000nmの細孔容積が0.25mL/g未満である球状活性炭からなるが、但し、式(1):

    R=(I15-I35)/(I24-I35)      (1)

〔式中、I15は、X線回折法による回折角(2θ)が15°における回折強度であり、I35は、X線回折法による回折角(2θ)が35°における回折強度であり、I24は、X線回折法による回折角(2θ)が24°における回折強度である〕

で求められる回折強度比(R値)が1.4以上である球状活性炭を除く、

ことを特徴とする、経口投与用吸着剤。」

 

2.判示事項

「球状活性炭のうちフェノール樹脂又はイオン交換樹脂を炭素源として用いた場合において,そのR値が1.4以上であるときには,本件特許に係る発明と別件特許に係る発明(甲6発明)は同一であるということができる。そして,本件補正は,このR値が1.4以上である球状活性炭を特許請求の範囲の記載から除くことを目的とするものであるところ,上記本件当初明細書の記載内容によれば,本件補正は,当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)によって,明細書,特許請求の範囲又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入するものではないと認めるのが相当である。そうすると,本件補正は,法17条の2第3項に違反するものではないから,補正要件違反の無効理由は認められない」

 ここで、「」内は上記判決からの引用です。

 

 また、上記判決は、審査基準と同じ趣旨の見地からなされています。

 

3.特許庁の審査基準

 特許庁の審査基準には、以下の各『』内の記載がある。

 

『以下の(i)及び(ii)の「除くクレーム」とする補正は、新たな技術的事項を導入するものではないので、補正は許される。

(i) 請求項に係る発明が引用発明と重なるために新規性等(第29条第1項第3号、第29条の2又は第39条)が否定されるおそれがある場合に、その重なりのみを除く補正』

 

上記(i)における「除くクレーム」は、第29条第1項第3号、第29条の2又は第39条に係る引用発明である、刊行物等又は先願の明細書等に記載された事項(記載されたに等しい事項を含む。)のみを除外することを明示した請求項である。

上記(i)の「除くクレーム」とする補正は、引用発明の内容となっている特定の事項を除外することによって、補正前の明細書等から導かれる技術的事項に何らかの変更を生じさせるものとはいえない。したがって、このような補正は、新たな技術的事項を導入しないものであることが明らかである。

なお、「除くクレーム」とすることにより特許を受けることができる発明は、引用発明と技術的思想としては顕著に異なり本来進歩性を有するが、たまたま引用発明と重なるような発明である。』

 

4.考察

 請求項に記載した発明の範囲の一部が、引用文献に記載の発明と重複する場合に、次の(1)を満たす場合には、当該一部を請求項から除く補正をすることによって、当該引用文献を、対象発明の新規性と進歩性を否定する検討材料から除外できると考える。

 

(1)請求項に記載した発明の技術的思想が、引用文献と顕著に異なる。

 

(考察1:新規性)

 請求項1の発明と引用文献1の発明は、次のように事項Aを有し、請求項1の発明の事項Bの概念が、引用文献1の発明の事項B’を含むとする。

 

請求項1の発明=A+B

引用文献1の発明=A+B’

 

 この場合、上記(1)を満たす場合、請求項1を次のように補正すれば、引用文献1の発明を、対象発明の新規性を否定する判断材料から除外できる。

 

「AとBを含み、但し、BがB’であることを除く装置」

 

(考察2:進歩性)

 上記考察1において、請求項1に従属する請求項2が、事項Cを含み、この事項Cが引用文献2に記載されている。

 引用文献1に引用文献2の事項Cを組み合わせて、請求項2に容易に想到できるとして請求項2の進歩性が否定されている。

 

請求項1の発明=A+B

請求項2の発明=A+B+C

引用文献1の発明=A+B’

引用文献2:Cが記載されている。

 

 請求項1を「AとBを含み、但し、BがB’であることを除く装置」のように補正すれば、「さらにCを含む、請求項1に記載の装置」と記載された請求項2の進歩性は、引用文献1、2によっては否定されなくなると考える。

 請求項1の補正「BがB’であることを除く」により、引用文献1は、進歩性の判断材料から除外されるからである。

 

(考察3:進歩性)

 そうすると、下記の独立請求項Xも下記の補正(除くクレームとする補正)により、進歩性が認められると考える。

 ここで、事項A,B,B’,Cは上記の通りである。

 

独立請求項X=A+B+C

引用文献1の発明=A+B’

引用文献2:Cが記載されている。

 

請求項Xの補正:「AとBとCを含み、但し、BがB’であることを除く装置」

 

 なお、知財高裁平成26 年9 月25 日判決平成25 年(行ケ)10266号には、次の「」内のように、進歩性欠如を解消するために除くクレームとする補正が可能なことが示唆されていると思う。
「原告は,本件訂正(『除くクレーム』による訂正)は進歩性欠如の無効事由を回避するために行われたものであるから訂正の手法を逸脱しており,これによって第三者が不測の不利益を被る可能性があるなどと主張する(前記第3の1(4))。しかるに,訂正は,特許法134条の2第1項ただし書に掲げる事項を目的とし,これによって新たな技術的事項を導入するものではなく,訂正後の発明がいわゆる独立特許要件(特許法134条の2第9項の準用する同法126条7項)を具備するなどの所定の要件を満たす場合に許容されるものであり,進歩性欠如の無効事由を回避するために行われたか否かはそれ自体として訂正の適否を左右するものではない」

弁理士 野村俊博

 

進歩性 特徴の表現が困難な場合には、その技術的意義を分かりやすく明細書に記載すれば、請求項の限定を少なくできる。

進歩性 特徴の表現が困難な場合には、その技術的意義を分かりやすく明細書に記載すれば、請求項の限定を少なくできる。

判例No.19 平成21年(行ケ)第10403号審決取消請求事件

※以下は独自の見解です。

1.本件発明のポイント
 特許第3290336号の請求項1は、次の「」内の通りに記載されている。

 「金属板を円筒状に曲成しその両端部を接合することにより形成した胴部と,この胴部の下縁部に結合した底板,及び胴部の上縁部に装着したバランスリングとを具備するものにおいて,フィルタ部材を具え,このフィルタ部材が上下の全長で前記胴部の接合部を内側より覆い,その上下の全長より充分に小さな寸法の隙間を前記バランスリング又は底板との間に余すことを特徴とする洗濯機の脱水槽。」

隙間の技術的意義:「フィルタ部材で直接胴部の接合部を見えなくでき」(すなわち外観が良くなり)、かつ、「フィルタ部材が熱収縮しても、これとバランスリングとの間、又は底板との間にはもともと隙間があり、それらが広くなるだけで、そこには洗濯物が挟まれるようなことはない」

ここで、「」内は、上記特許の明細書からの引用です。

2.判示事項

 『確かに,「隙間」ということば自体の一般的な意味は,辞書に記載されているとおり明確であるといえる。しかし,本件発明1を記載した請求項1においては,「フィルタ部材が上下の全長で前記胴部の接合部を内側より覆い,その上下の全長より充分に小さな寸法の隙間を前記バランスリング又は底板との間に余す」として,「隙間」について,フィルタ部材との関係で相対的に大きさを示し,バランスリング,底板及びフィルタ部材との関係で位置を示しているから,本件発明1における「隙間」の技術的意義は,特許請求の範囲の記載のみでは一義的に理解することはできず,明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌しなければ,その技術的意義を明確に理解することはできない。
 そして,明細書の発明の詳細な説明の記載に基づき,本件発明1の課題・課題の解決手段・作用効果との関係で「隙間」の技術的意義を考慮するならば,「隙間」は,「隙間における接合部が,バランスリング又はフィルタ部材の陰となって見えなくなるとともに,洗濯物が挟まれることのない大きさに形成されているもの」と認められる』ここで、『』は上記判決からの引用です。
 その結果、本件発明(請求項1)の明確性と進歩性が認められている。

 なお、本件特許による損害賠償が別の判決(平成 23年 (ワ) 8085号 各損害賠償等請求事件)で認められている。

3.実務上の指針
 明確に表現することが困難な特徴(上記の判例では、洗濯物が挟まれないようにする隙間)の数値範囲を請求項で限定せずに、特許とするためには、その技術的意義を分かりやすく明細書に記載する。
 言い換えると、技術的意義を分かりやすく明細書に記載しておけば、当該特徴(隙間)を、余計な限定(数値限定)なしで引例との相違点にして、当該請求項を特許にできる。
 これは、少なくともプロパテント側の日本では言えそうに思える。

 それでも、争いを避けるために(又は外国での確実な特許取得のために)、可能であれば、当該特徴(隙間)の数値範囲などを従属請求項や当初明細書に定義しておくことが好ましい。
 例えば、上記特許では、隙間の数値範囲や、フィルタ部材の全長に対する隙間の割合などを、複数の段階で従属請求項や当初明細書に記載しておくことが好ましい。

 また、上記特許に関して「隙間」の目的を請求項に記載することも1つの選択肢になりえる。例えば、「フィルタ部材とバランスリングとの間に洗濯物が挟まれないようにするための隙間」のような表現を独立請求項1に記載することも1つの選択肢になりえる。技術的意義(作用効果)を認めてもらうためには、その作用効果を得るという目的を請求項で特定することで足りる場合もあるからである(本ブログのNo.1進歩性 使用時の状態の相違 目的の特定 - hanreimatome_t’s blog

を参照)。

弁理士 野村俊博

進歩性 主引用例の部材Aの必須条件a(不燃性)と副引用例の部材Bの性質b(難燃性)とが似ていても、条件aを部材Bが満たすのかが副引用例から不明である以上、部材Aを部材Bに置き換える動機づけはない。

進歩性 主引用例の部材Aの必須条件a(不燃性)と副引用例の部材Bの性質b(難燃性)とが似ていても、条件aを部材Bが満たすのかが副引用例から不明である以上、部材Aを部材Bに置き換える動機付けはない。

判例No.18 平成27年(行ケ)第10233号 審決取消請求事件

 

※以下は、この判決についての独自の見解です。

 

1.本件発明と主引用例との相違点

 特許第5142055号の請求項1に係る本件発明では、透明不燃性シートからなる防煙垂壁において、透明不燃性シートが不燃性材料の規格を満たす。

 

(具体的には、請求項1に記載されているように、透明不燃性シートは、不燃性材料の規格である「輻射電気ヒーターから透明不燃性シートの表面に50kW/m2の輻射熱を照射する発熱性試験において,加熱開始後20分間の総発熱量が8MJ/m2以下であり,且つ加熱開始後20分間,最高発熱速度が10秒以上継続して200kW/m2を超えない」を満たす)。

 

 これに対し、主引用例(甲1:米国特許第5240058号明細書)では、「樹脂で被覆したガラス繊維織物(透明不燃性シートに対応)」が透明であるとは記載されていない。

 

2.審決の判断の概要

 副引用例(甲6:特開平5-123869号公報)には、「ウエルディングカーテン材」は難燃性であると記載されており、「ウエルディングカーテン材」は透明でもあることも記載されている。

 この副引用例について、『実施例1の「ウエルディングカーテン材」は、上記(ウ)で検討したとおり、防煙垂壁に求められる「不燃性」を備えている蓋然性が高く、仮に「不燃性」を備えていないとしても、「不燃性」を備えるようにすることは、当業者が適宜なし得る単なる設計的事項である。』と判断している。

 ここで、『』内は、審決(無効2014-800024号)からの引用です。

 

3.判示事項

 主引用例(甲1)への副引用例(甲6)の適用について、『甲6文献には,同ウエルディングカーテン材が不燃性規格を満たすものであるか否かについてはその記載がなく,甲6発明のウエルディングカーテン材が不燃性規格を満たすかどうかは不明である。防煙垂壁において,不燃性規格を満たすべきことが周知の課題であったことからすると,当業者が,甲1発明の防煙垂壁として,甲6発明のウエルディングカーテン材を組み合わせる動機付けに乏しいといわざるを得ない。』と判断している。ここで、『』内は、上記判決からの引用です。

 

 また、副引用例(甲6)において、ウエルディングカーテン材が不燃性規格を満たすことが記載されていない点について、『甲6文献からこの点が明らかではない以上,同ウエルディングカーテン材が不燃性規格を満たす蓋然性が高いとまではいえず,当業者が甲6文献の実施例1の再現実験をして,同ウエルディングカーテン材が不燃性規格を満たしているかどうかを確認するのが当然であるということもできない』と判断している。ここで、『』内は、上記判決からの引用です。

 

 上記を理由の1つとして、本件発明の進歩性を否定した審決が取り消されている。

 

4.実務上の指針

 権利化しようとする対象発明の進歩性が、下記(1)の論理付けにより否定されそうな場合、下記(1)の論理付けが最もらしくても、下記(2)に該当する場合には、諦めずに例えば下記(3)のような反論をする。

 

(1)主引用例において部材Aが条件a(不燃性)を満たすことが必須であり、副引用例の部材Bが条件aに似た性質b(難燃性)を有しており、主引用例において部材Aに部材Bを適用すると(部材Aを部材Bに置き換えると)対象発明に至る。

 

(2)部材Bが条件aを満たすかが副引用例からは不明である。

 

(3)副引用例において部材Bが条件aを満たすかが不明である以上、主引用例において、条件aを必須とする部材Aを、部材Bに置き換える動機付けはない。

 

弁理士 野村俊博

進歩性 無理な用語解釈を前提として進歩性が否定されていないかを確認する。

進歩性 無理な用語解釈を前提として進歩性が否定されていないかを確認する。

 

判例No.17-2 平成28年(行ケ)第10040号 審決取消請求事件

 

※以下は、この判決についての独自の見解です。

※以下において、『』内は、上記の判決文からの引用です。

 

1.判決の概要

 本件発明の進歩性を否定した審決の取り消し理由として、サービスという用語の解釈に無理があることを挙げている。

 

2.審決での用語解釈

 本件発明と引用発明との一致点が、本件発明と引用発明とは、所定の場合に、所定のサービスの実行を許可している点で一致しているとしている。

 これに関して、サービスを次のように解釈している。

 「サービス」とは,「サービス要求と,それに対し,何らかの利便を提供する行為の総称」である。

 

3.判示事項

『被告は,前記の「サービス」とは,「サービス要求と,それに対し,何らかの利便を提供する行為の総称」であると主張する。前記の定義は,その文言上,①第1の主体が,第2の主体に対し,何らかのサービスを要求する行為,②第2の主体が,第1 の主体からの何らかのサービスの要求に対し,第1の主体又は第3の主体に対し,何らかの利便を提供する行為という,2 種類の行為を含んでいる。

 「サービス」は,「①奉仕,②給仕。接待。③商売で値引きしたり,客の便宜を図ったりすること。④物質的生産過程以外で機能する労働。用益。用務。⑤(競技用語)サーブに同じ。」(広辞苑第6版)と解されているのであって,前記の行為のうち,「第2の主体が,」「第1の主体又は第3の主体に対し,何らかの利便を提供する行為」は,「サービス」と表現され得るが,「第1の主体が,第2の主体に対し,何らかのサービスを要求する行為」は,「サービス」と表現され得るとは考えられず,「サービス」を,前記の2種類の行為を一個の概念に包括する総称と定義することには,無理がある。』

 

 このような無理な用語解釈を理由の1つとして、審決が取り消されている。

 

4.実務上の指針

 権利化しようとする対象発明の進歩性が、次の(1)のように否定されている場合、次の(2)の反論をする。

 

(1)対象発明の進歩性を否定する論理が、無理な用語解釈を前提としている。

 

(2)用語解釈に無理があることを、辞書(広辞苑)の定義に基づいて反論する。

 

 弁理士 野村俊博

進歩性 引用文献が特定の技術に限定されているのに、この限定を超えて引用文献の記載事項を上位概念化して認定することは許されない。

進歩性 引用文献が特定の技術に限定されているのに、この限定を超えて引用文献の記載事項を上位概念化して認定することは許されない。

 

判例No.17平成28年(行ケ)第10040号 審決取消請求事件

※以下は、この判決についての独自の見解です。

 

1.判決の概要

 審決では、引用文献の記載事項を上位概念化した内容と、本件発明の事項を上位概念化した内容とが一致する点を、引用文献に記載の発明と本件発明との一致点としているが、引用発明の記載事項を上位概念化して認定することは許されない。

 

2.本件発明の要点

 第1通信装置に記憶されたマルチメディアデータが第2通信装置によってアクセスされるべきかを決定する方法において、第1通信装置と第2通信装置との間の距離測定を実行し,測定された距離が事前に規定された距離間隔の範囲にある場合に、第2通信装置によるマルチメディアデータへのアクセスを許可する(特願2010-103072号の請求項1の概要)。

 

3.審決の概要

 本件発明では、第1通信装置と第2通信装置との距離が規定範囲にある場合に、第1通信装置に記憶されたマルチメディアデータへの,第2通信装置によるアクセスを許可している。このように、上記距離が規定範囲にある場合に、第1通信装置は、第2通信装置にマルチメディアデータへアクセスさせるというサービスの実行を許可している。

 

 引用発明(甲1:特開平9-170364号公報)では、車両側無線装置と携帯型無線装置との距離が規定範囲にある場合に、車両側無線装置が,携帯型無線装置からの応答信号に基づいて,ドアの解錠指令を送出している。このように、車両側無線装置は、ドアの解錠指令の送出というサービスの実行を許可している。

 

 したがって、本件発明と引用発明とは、上記距離が規定範囲にある場合に、所定のサービスの実行を許可している点で一致している。

 

4.判示事項

 引用発明において、車両側無線装置が搭載された車のドアの解錠指令の送出を決定することを、所定のサービスの実行を許可することとして抽象化し、このように上位概念化(抽象化)された動作を、引用発明の記載事項(構成要素)であると評価することは許されない。その理由として、次の(A)(B)を挙げています。

 

(A)「甲1発明は,車両のドアに限定されないものの,ドアの施解錠に限定されたものであるといえる。」ここで、「」内は上記判決文からの引用です。

 

(B)サービスという用語の解釈に無理がある。詳しくは、本ブログの判例No.17-2http://hanreimatome-t.hatenablog.com/entry/2017/01/24/123746を参照。

 

5.実務上の指針

 まず、別の判例(平成14年(行ケ)第546号 審決取消請求事件)では、「進歩性が問題となる場合における一致点の認定は,相違点を抽出するための前提作業として行われるものである。相違点を正しく認定することができるものであるならば,相違点に係る両技術に共通する部分を抽象化して一致点と認定することは許され,」と判断されています(ここで「」内は当該別の判例からの引用です)。

 

 しかし、今回の判例のように、次の(1)に該当する場合には、その旨を反論できる。

(1)引用文献が特定の技術に限定されているのに、この限定を超えて引用発明の記載事項が上位概念化して認定されている。

弁理士 野村俊博

進歩性 主引用例において、その構成要素に、当該要素と目的及び使用態様が異なる、他の引用例の構成を組み合わせることは容易でない。

進歩性 主引用例において、その構成要素に、当該要素と目的及び使用態様が異なる、他の引用例の構成を組み合わせることは容易でない。

 

判例No.16平成28年(行ケ)第10011号 審決取消請求事件

 

※以下は、この判決についての独自の見解です。

 

1.本件特許発明の要点

 本件特許(特許第4553629号)の請求項1に係る発明(以下、本件特許発明という)は、以下の特徴A,Bを有し、特徴Bにより以下の効果Cを奏する。

 

 特徴A:

 掘削により削り出される掘削土が、ケーシング内で吹き上げられて、ケーシングの排土口から外部へ排出される場合において、掘削土飛散防止装置は、前記排土口を介して前記ケーシングの外側へ排出された掘削土が衝突するようになっている衝突部と、ケーシングを囲む筒状部とを含み、衝突部に衝突した掘削土がケーシングと筒状部との間を落下するようになっている。

 

 特徴B:

 掘削土飛散防止装置は、さらに、蛇腹状の側壁を有する筒状部の下端近傍に,その一端が連結されたワイヤーと,前記ワイヤーの他端が連結されている巻き取り装置と,を有している。巻き取り装置がワイヤーを巻き取りまたは繰り出して、垂下された状態の前記筒状部の上端から下端までの長さが調整される。

 

 特徴Bによる効果C:

「ワイヤーの巻き取り・繰り出し操作を通じて蛇腹部分(筒状部)の伸縮を繰り返すことによって、落下して来る途中で筒状部の内壁に付着した掘削土を効率的に払い落とすことが可能になる。また、ダウンザホールハンマの掘進に伴って筒状部の長さを調整することができるので、蛇腹部分(筒状部)の下端側が地表上で重なり積もることを防止することが可能になる。」

 

2.相違点について

 特徴Bは、引用発明(特開2001-32274号公報)との相違点であるが、引用例6(特開平11-107661号公報)に記載されている。

 

3.争点 引用発明に引用例6の構成を組み合わせることが容易か

(目的の相違)

 引用例6のジャバラ筒を設ける目的は、次の効果(1)(2)を達成することにある。

(1)オーガスクリュー外周を覆うことにより、砂はジャバラ筒を伝って落下しオーガスクリュー3の上部からの土砂の飛散は防止される。

(2)ワイヤーの一端をジャバラ筒の下端近傍に連結し,他端をウインチに連結させている。この構成で、ウインチの捲上げ捲戻しでジャバラ筒の下端を上下動させることにより、ジャバラ筒下端と地表との間を所定の高さに保持できる。したがって、ジャバラ筒下端と地表との間を通して、オーガスクリューの羽根上の土砂の取除き作業を行える。

 

 引用発明の伸縮カバー(34)を設ける目的は,次の効果(3)を達成することにある。

(3)伸縮カバー(34)は,中空コンクリート杭(1)を覆うことにより、押し上げられた土砂(17)を,中空コンクリート杭(1)との間を通って落下させ土砂の飛散を防止する。

 

 以上により、引用発明の伸縮カバー(34)を設ける目的は、引用例6においてジャバラ筒を設けることにより上記効果(2)を達成するという目的と異なる。

 

(使用態様の相違)

 引用例6のジャバラ筒4は,削孔作業中,その下端と地表との間に所定の高さを有するのに対し,引用発明の伸縮カバー(34)は,掘削時,その下端が接地している。

 よって、両者の使用態様は互いに異なる。

 

4.判示事項

 筒状部(ジャバラ筒)の下端を所定の高さに維持することを前提とした引用例6の構成(伸縮カバーとこれを上下させるワイヤー及びウインチ)を,筒状部の下端を接地させる引用発明に適用することは、直ちに想到できるものではない。

 上記の目的の相違と使用態様の相違を考慮すると、引用例6の構成を引用発明の伸縮カバー(34)に組み合わせようとする動機付けは存在しない。

 したがって,引用発明において本件特許発明の特徴Bを備えるようにすることを,引用例6に基づいて当業者は容易に想到することができない。

 

5.実務上の指針

 以下の前提(1)の場合に、以下の理由(2)により、対象発明の進歩性が否定されたら、以下の反論(3)ができる場合には、その反論をする。

 

(1)対象発明と主引用例との相違点は、対象発明が特徴Xを有していることにあるが、特徴Xは副引用例に記載されている。

 

(2)主引用例(本判例では引用発明)において、その一部の構成要素(本判例では伸縮カバー)に副引用例(本判例では引用例6)の特徴X(本判例では伸縮カバーとこれを上下させるワイヤー及びウインチ)を組み合わせることにより、対象発明に容易に想到できる。

 

(3)主引用例の上記構成要素と、副引用例の上記構成とは、それを設ける目的が互いに異なるだけでなく、その使用態様(使用状態)も互いに異なるので、主引用例の上記構成要素に副引用例の上記構成を組み合わせることの動機付けはない。したがって、主引用例において特徴Xを備えるようにすることを,副引用例に基づいて当業者は容易に想到することができない。

 

弁理士 野村俊博

請求項の記載 発明の構成要素の名称を単に「部材」ではなく「~材」とすると、技術的な観点から何らかの限定が「~」にあると解釈され得る。

請求項の記載 発明の構成要素の名称を単に「部材」ではなく「~材」とすると、技術的な観点から何らかの限定が「~」にあると解釈され得る

 

判例No.15平成21年(ネ)第10006号補償金等請求控訴事件

 

※以下は、この判決についての独自の見解です。

※以下において、『』内は、上記の判決文または特許第3725481号からの引用です。

 

1.争点 構成要件の充足性

 本件特許(特許第3725481号)の「縫合材」を、被告製品の構成〈d〉(帯片)は文言上充足するか。

 

 本件特許の「縫合材」は、請求項1において『前記金属製の外殻部材の接合部に貫通穴を設け、該貫通穴を介して繊維強化プラスチック製の縫合材を前記金属製外殻部材の前記繊維強化プラスチック製外殻部材との接着界面側とその反対面側とに通して前記繊維強化プラスチック製の外殻部材と前記金属製の外殻部材とを結合した』と記載されている。

 

 被告製品の構成〈d〉は、『透孔7を介して各透孔7毎に分離した炭素繊維からなる短小な帯片8を前記金属製外殻部材1の上面側のFRP製上部外殻部材10との接着界面側とその反対面側の前記金属製外殻部材1の下面側のFRP製下部外殻部材9との接着界面側とに一つの貫通穴を通して,上面側のFRP製上部外殻部材10及び下面側のFRP製下部外殻部材9と各1か所で接着し,前記FRP製上部外殻部材10と金属製外殻部材1とを結合してなる』と認められる。

 

2.「縫合材」の意味

『単に「部材」などの語を用いることなく,「縫合材」との語を選択した以上,その内容は,単なる「部材」とは異なり,何らかの限定をして解釈されるべきところ,その限定の内容を技術的な観点をも含めて解釈するならば,「縫合材」とは,「金属製外殻部材の複数の(二つ以上の)貫通穴を通し,かつ,少なくとも2か所で繊維強化プラスチック製外殻部材と接合(接着)する部材」であると解するのが相当である。』

 

なお、「縫合材」は、請求項1において通常の意味とは異なる意味で用いられており、請求項1の記載からは、「縫合材」の技術的意義を一義的に確定することができないので、明細書の記載も考慮して上記のように解釈されている。

 

 

3.結論

 被告製品の「帯片」は,少なくとも2か所で繊維強化プラスチック製外殻部材と接合(接着)するものではないので、「縫合材」であることの要件「少なくとも2か所で繊維強化プラスチック製外殻部材と接合(接着)する」を文言上充足しない。

 

4.実務上の指針

 請求項1において構成要素の名称を単に「部材」とせずに、「~材」や「~部材」とする場合には、当該修飾語「~」により限定がなされていると解釈され得る。

 そのため、構成要素の名称を「~材」や「~部材」とする場合には、当該「~」として、発明に必須の事項(例えば機能)を表わす修飾語を用いるようにする。

 

弁理士 野村俊博

進歩性 引用例において、ひとまとまりの構成の一部のみを把握することはできない。

進歩性 引用例において、ひとまとまりの構成の一部のみを把握することはできない。

 判例No.14 平成18年(行ケ)第10138号審決取消請求事件

 

※以下は、この判決についての独自の見解です。
※以下において、「」内は、上記の判決文からの引用です。

 

1.判決の概要

 引用例1(特開平2-308106号公報)に開示された「ひとまとまりの構成」のうち一部を除外して、引用例1に記載の発明を把握することはできない。

 

2.判決の具体的内容

 引用例1に記載された発明(引用例1発明)は、下記の構成Aにより下記の作用効果Bを達成して下記の目的Cを達成するものである。

 

(構成A)

 液晶表示素子において、光源の背後にミラーを設け、光源の前方に反射型直線偏光素子を設け、ミラーと反射型直線偏光素子との間に位相板を設けている。

 

(作用効果B)

 光源からの光のうち第1偏光成分は、反射型直線偏光素子を通過して前方へ射出される。一方、光源からの光のうち第2偏光成分は、反射型直線偏光素子で反射される。しかし、この第2偏光成分は、位相板を通過してミラーで反射され再び位相板を通過する過程で位相板により第1偏光成分の光に変わって、反射型直線偏光素子へ入射する。したがって、この第1偏光成分は、反射型直線偏光素子を通過して前方へ射出される。よって、光源の光を、非常に高効率に1種類の第1偏光に変換して射出できるという効果が得られる。

 

(目的C)

 「従来の直線偏光光源がランダムな偏光のうち半分の偏光しか利用できず残りの半分を捨ててしまっており効果が悪いという問題点を解決して,従来の直線偏光光源の効率の飛躍的な向上を目的とする」

 

 したがって、引用例1発明では、その目的Cを達成するために、反射型直線偏光素子とミラーと位相板は必須であるので、反射型直線偏光素子とミラーと位相板は「ひとまとまりの構成」である。

 引用例1において、当該「ひとまとまりの構成」から、ミラーと位相板を除外して、反射型直線偏光素子を含む液晶表示素子のみを把握することはできない。

 よって、引用例1において、ミラーと位相板に代えて、引用例2の導波路を用いることは容易という論理は、引用例1発明の把握を誤ったことを前提にしているので、不適切である。

 

3.実務上の指針

 特許出願に係る発明の進歩性が、下記の(1)により否定されそうな場合、下記の(2)に該当する場合には、下記の(3)の主張ができる余地があると考える。

 

(1)主引用例において、一部の構成を副引用例に記載された構成に置き換えることにより、特許出願に係る発明に容易に想到できる。

(2)主引用例において、前記一部の構成は、主引用例に記載の発明の目的を達成するために必須である「ひとまとまりの構成」に含まれている。

(3)主引用例(上述では引用例1)において、その目的を達成するために必須である「ひとまとまりの構成」の一部を他の構成に置き換えることは、容易とはいえない。当該「ひとまとまりの構成」は、目的達成のために一体不可分のものであるため、当該「ひとまとまりの構成」から一部を除外して主引用例に記載の発明を把握できないからである。

 

 また、 特許出願に係る発明の進歩性が、下記の(4)により否定されそうな場合、下記の(5)に該当する場合には、下記の(6)の主張ができる余地があるように思える。

 

(4)副引用例において、一部の構成を主引用例に記載された構成に適用することにより、特許出願に係る発明に容易に想到できる。

(5)副引用例において、前記一部の構成は、副引用例に記載の発明の目的を達成するために必須である「ひとまとまりの構成」に含まれている。

(6)副引用例において、その目的を達成するために必須である「ひとまとまりの構成」の一部のみを抽出することは容易でない。当該「ひとまとまりの構成」は、目的達成のために一体不可分のものであるため、当該「ひとまとまりの構成」から一部のみを抽出した構成を、副引用例において把握できないからである。

 

弁理士 野村俊博

権利範囲の解釈に発明の課題及び作用効果が考慮される

権利範囲の解釈に、発明の課題及び作用効果が考慮される

 

判例No.13 平成28年(ネ)第10047号 特許権侵害差止等請求控訴事件

 ※以下は、この判決についての独自の見解です。
※以下において、「」内は、上記の判決文からの引用です。

1.本件発明の要点

概要:レセプタクルコネクタに嵌合したケーブルコネクタの後側の部分をレセプタクルコネクタから持ち上げようとすると、両者が互いに当接することによりレセプタクルコネクタはケーブルコネクタから抜き出せない。一方、レセプタクルコネクタに嵌合したケーブルコネクタの前側の部分をレセプタクルコネクタから持ち上げると、両者が互いに当接せず、レセプタクルコネクタはケーブルコネクタから抜き出せる。

 

本件発明は、具体的には次のように特許第5362931号の請求項3に記載された発明である。

 

『【請求項3】

 ハウジングの周面に形成された嵌合面で互いに嵌合接続されるケーブルコネクタとレセプタクルコネクタとを有し,嵌合面が側壁面とこれに直角をなし前方に位置する端壁面とで形成されており,ケーブルコネクタが後方に位置する端壁面をケーブルの延出側としている電気コネクタ組立体において,

 ケーブルコネクタは,突部前縁と突部後縁が形成されたロック突部を側壁面に有し,レセプタクルコネクタは,前後方向で該ロック突部に対応する位置で溝部前縁と溝部後縁が形成されたロック溝部を側壁面に有し,該ロック溝部には溝部後縁から溝内方へ突出する突出部が設けられており,ケーブルコネクタは,前方の端壁面に寄った位置で側壁に係止部が設けられ,レセプタクルコネクタは,前後方向で上記係止部と対応する位置でコネクタ嵌合状態にて該係止部と係止可能な被係止部が側壁に設けられており,コネクタ嵌合過程にて上記ケーブルコネクタの前端がもち上がって該ケーブルコネクタが上向き傾斜姿勢にあるとき,上記ロック突部の突部後縁の最後方位置が,上記ケーブルコネクタコネクタ嵌合終了姿勢にあるときと比較して前方に位置し,上記ロック突部が上記ロック溝部内に進入して所定位置に達した後に上記上向き傾斜姿勢が解除されて上記ケーブルコネクタが上記コネクタ嵌合終了姿勢となったとき,上記ロック突部の突部後縁の最後方位置が上記突出部の最前方位置よりも後方に位置し,該ケーブルコネクタが後端側を持ち上げられて抜出方向に移動されようとしたとき,上記ロック突部が上記抜出方向で上記突出部と当接して,上記ケーブルコネクタの抜出が阻止されるようになっていることを特徴とする電気コネクタ組立体。』

 

本件発明の作用効果:

 ケーブルコネクタがその側壁面にロック突部,レセプタクルコネクタがその側壁面の対応位置にロック溝部を有し,上記ロック突部が嵌合方向で上記ロック溝部内に進入してケーブルコネクタが嵌合終了の姿勢となった後は,該ケーブルコネクタが後端側を持ち上げられて抜出方向に移動されようとしたとき,上記ロック突部が上記ロック溝部の突出部に当接して該ケーブルコネクタの抜出を阻止するようにしたので,ケーブルコネクタの後端から延出しているケーブルを不用意に引いても,そしてその引く力がたとえ上向き成分を伴っていても,ロック突部がロック溝部の突出部に当接して,ケーブルコネクタはレセプタクルコネクタから外れることはない。

 

2.争点

 本件発明の構成要件「コネクタ嵌合過程にて上記ケーブルコネクタの前端がもち上がって該ケーブルコネクタ上向き傾斜姿勢にあるとき,上記ロック突部の突部後縁の最後方位置が,上記ケーブルコネクタコネクタ嵌合終了姿勢にあるときと比較して前方に位置し」は、「ケーブルコネクタの回転のみによって,すなわちケーブルコネクタとレセプタクルコネクタ間のスライドなどによる相対位置の変位なしに,ロック突部の最後方位置が突出部に対して位置変化を起こす構成」に限定されて解釈されるかどうか。

 

3.判示事項

 次の(1)~(3)により、本件発明の構成要件には、上記の限定があるとはいえない。

 

(1)特許請求の範囲には,上記の限定が記載されていない。

(2)本件発明の課題および作用効果は、ケーブルコネクタのケーブルに、上向き方向成分を持つ力が不用意に作用しても、ケーブルコネクタがレセプタクルコネクタから外れないようにすることにある。この作用効果(課題の解決)は、上記の限定の有無にかかわらず得られるものである。

(3)無効審判において、進歩性の否定を回避するために、「本ケーブルコネクタの回転のみによって,すなわち,ケーブルコネクタとレセプタクルコネクタ間のスライドなどによる相対位置の変化なしに,ロック突部の最後方位置が突出部に対して位置変化を起こす構成に限定されていると解される。」と述べられているが、本件発明の技術的範囲を解釈するについて,相手方の無効主張に対する反論として述べた当事者の主張は,必ずしも裁判所の判断を拘束するものではない。

 

4.実務上の指針

 特許発明の権利範囲は、請求の範囲の記載だけでなく発明の課題と作用効果も考慮して判断される。特許発明の権利範囲に、ある限定がなされているかどうかについて、この限定が請求項に記載されておらず、この限定の有無にかかわらず作用効果(課題の解決)が得られれば、権利範囲にはその限定がないといえる。

 この点を考慮して、特許出願の明細書には、発明の課題と作用効果を必要最小限に記載し(ただし、実施例においては追加の作用効果を記載してもよいと考える)、請求項には、この作用効果(課題の解決)を得るために必要最小限の構成を記載する。

 

 また、本件発明では、形状や寸法などによらずに、動作と動作による位置の変化により発明の構成を特定している。すなわち、請求項において、「コネクタ嵌合過程にて上記ケーブルコネクタの前端がもち上がって該ケーブルコネクタ上向き傾斜姿勢にあるとき,上記ロック突部の突部後縁の最後方位置が,上記ケーブルコネクタコネクタ嵌合終了姿勢にあるときと比較して前方に位置し」のように、ケーブルコネクタの動作(姿勢変化)と、この動作におけるロック突部の位置の変化により、発明の構成を特定している。

 このように、形状や寸法などによらずに、動作と動作による位置の変化により発明の構成を特定することも、1つの請求項の書き方になる。これにより、本件発明では、限定を抑えた権利範囲が得られているように思える。上記判決では、本件発明の技術的範囲に被告製品が属するとされたからである。

 

弁理士 野村俊博

進歩性 課題を把握することが重要

進歩性 課題を把握することが重要

判例No.12 平成20年(行ケ)第10096号審決取消請求事件

 

※以下は、この判決についての独自の見解です。
※以下において、「」内は、上記の判決文からの引用です。

 

1.本件発明の要点
(特徴)
請求項1の記載は次の通り。
「【請求項1】
下記(1)~(3)の成分を必須とする接着剤組成物と,含有量が接着剤組成物100体積に対して,0.1~10体積%である導電性粒子よりなる,形状がフィルム状である回路用接続部材。
(1) ビスフェノールF型フェノキシ樹脂
(2) ビスフェノール型エポキシ樹脂
(3) 潜在性硬化剤」

(効果)
 回路用接続部材は、相溶性が良好なビスフェノールF型フェノキシ樹脂を含むので、汎用溶剤で溶かすことができる。
 回路用接続部材は、接着性が良好なビスフェノールF型フェノキシ樹脂を含むので、微細回路接続後の信頼性が高い。

 

2.相違点
 本件発明は、ビスフェノールF型フェノキシ樹脂を成分としているのに対し、引用発明は、特定アクリル樹脂を成分としている点。

 

3.判決における進歩性の判断
 出願に係る発明の特徴点は、当該発明が目的とした課題を解決するためのものであるから、その課題を的確に把握することが重要である。
 そして、その課題を解決するための当該特徴点に容易に想到できたといえるためには、当該特徴点に到達できる試みをしたであろうという推測が成り立つのみでは十分ではなく,当該発明の特徴点に到達するためにしたはずであるという示唆等が存在することが必要である(具体的な判示事項は下記の注1の通り)。

 これに沿って進歩性を検討する。
 本件発明の特徴点は、相溶性及び接着性の更なる向上という課題を解決するために、ビスフェノールF型フェノキシ樹脂を回路用接続部材の成分にしたことにある。
 これに対し、いずれの文献にも、相溶性及び接着性の更なる向上のみに着目してビスフェノールF型フェノキシ樹脂を回路用接続部材に用いることの示唆がない。
 したがって、フェノールF型フェノキシ樹脂を回路用接続部材用いることが,当業者には容易であったとはいえない。

 

4.実務上の指針
 出願に係る発明の進歩性を主張する時に、当該発明の課題を把握することが重要である。
 この課題が、いずれの引用文献にも記載されていない場合には、この課題を解決するために当該発明の特徴点を採用することが、いずれの引用文献にも記載も示唆もされていない場合が多い。したがって、このような場合には、次のように主張する。

 主張:
「本願請求項に係る発明の課題は、いずれの引用文献にも記載されていない。
 また、この課題を解決するために当該発明の特徴点を採用することが、いずれの引用文献にも記載も示唆もされていない。」

 

弁理士 野村俊博

 

注1:
「出願に係る発明の特徴点(先行技術と相違する構成)は,当該発明が目的とした課題を解決するためのものであるから,容易想到性の有無を客観的に判断するためには,当該発明の特徴点を的確に把握すること,すなわち,当該発明が目的とする課題を的確に把握することが必要不可欠で
ある。そして,容易想到性の判断の過程においては,事後分析的かつ非論理的思考は排除されなければならないが,そのためには,当該発明が目的とする「課題」の把握に当たって,その中に無意識的に「解決手段」ないし「解決結果」の要素が入り込むことがないよう留意することが必要となる。さらに,当該発明が容易想到であると判断するためには,先行技術の内容の検討に当たっても,当該発明の特徴点に到達できる試みをしたであろうという推測が成り立つのみでは十分ではなく,当該発明の特徴点に到達するためにしたはずであるという示唆等が存在することが必要であるというべきであるのは当然である。」

進歩性 後知恵 本件発明を知った状態で引用発明を認定すると認定を誤る場合がある

進歩性 後知恵 本件発明を知った状態で引用発明を認定すると認定を誤る場合がある

 

判例No.11 平成20年(行ケ)第10261号審決取消請求事件

 

※以下は、この判決についての独自の見解です。

※以下において、「」内は、上記の判決文からの引用です。

 

1.判決の概要

 審決では、引用例の内容を誤って認定しているので、本件発明の容易想到性の判断は誤っている。したがって、審決を取り消す。

 

2.本件発明のポイント

 本件発明に係る請求項1の記載は次の通り。

「【請求項1】鼻の鬱血,再発性副鼻洞感染,又はバクテリアに伴う鼻の感染又は炎症を治療又は防止するために,それを必要としている人に対して鼻内へ投与するための鼻洗浄調合物であって,

キシリトールを水溶液の状態で含有しており,キシリトールが水溶液100cc当たり1から20グラムの割合で含有されている調合物。」

 

 効果:鼻咽頭への感染及びそれらの感染に伴う症状を低減できる。

 

3. 引用例の認定の誤りによる審決の取り消し

 容易想到性の判断においては,「事後分析的な判断,論理に基づかない判断及び主観的な判断を極力排除するために」、引用例の内容の認定に当たって、その中に無意識的に本件発明の解決手段の要素が入り込むことのないように留意することが必要となる。

 

 これについて、審決における引用例2の発明の認定は誤っている。

 引用例2の記載「抗感染剤は,エアロゾル粒子の形態で鼻の中に投与されることができる」は、引用例2の他の記載を考慮すると、エアロゾル粒子を、感染部位である「気道下部」に、感染部位ではない鼻を通して投与することを意味する。そうすると、引用例2の発明では、感染部が鼻であることを想定しておらず、感染部位としての鼻に抗感染剤を投与しているとはいえない。

したがって,「引用例2には,・・・感染剤を・・・感染部位である鼻に投与できることが記載されている(摘記事項(G))。」とした審決の認定は誤りである。

 

 このような誤りのある認定に基づく容易想到性の審決の判断は誤りであるので、審決を取り消す。

 

4.実務上の指針

 特許出願の拒絶理由通知書では、発明の進歩性判断にあたって、引用文献の内容が認定されているが、認定は、本件発明を知った状態で出願の発明を拒絶するために行われている。そのため、認定に出願の発明の要素が入り込んでいる場合がありえる。

 上記の判例については、引用例2は、鼻を通して感染部位である気道下部に感染剤を投与することを記載しているが、審決では、鼻が感染部位であり鼻に感染剤を投与できることが引用例2に記載されていると、誤って認定している。

 

 拒絶理由通知書における引用文献の内容の認定を、そのまま受け入れずに、本当に正しいかを確認する。

 確認の一つの方法では、最初に引用文献を読んでその内容を自分で確認した後に、拒絶理由通知書に記載された引用発明の認定内容を読むことにより、引用文献の内容の認定が正しいかを判断する。

 

弁理士 野村俊博

進歩性 用途限定 用途発明 他の物との関係で特定した物の構成は相違点になる

進歩性 用途限定 用途発明 他の物との関係で特定した物の構成は相違点になる

 

判例No.10 平成27年(行ケ)第10260号 審決取消請求事件

 

※以下は、この判決についての独自の見解です。

※以下において、「」内は、上記の判決文からの引用です。

 

1.判決の概要

 本件発明は、鍵の発明であり、鍵とは別体の物(鍵が挿入されるロータリーディスクタンブラー錠)との関係で特定された構成を有する。

 この構成により、本件発明は引用発明から容易であるとはいえない。

 

2.本件発明の要点

 特徴:ロータリーディスクタンブラー錠用の鍵において、鍵のブレードの平面部に複数種類の大きさと深さの摺り鉢形の窪みが形成され、ロータリーディスクタンブラー錠の鍵孔に鍵を挿入した時に、これらの窪みが、それぞれ、複数のロータリーディスクタンブラーの係合突起と係合して、これらタンブラー群の揺動角度を変化させてロックが解除される。

 

効果:「従来のレバータンブラー錠における合鍵と異なり,ブレードの端縁部に形成されたV字形の鍵溝ではなく,窪みの深さによって鍵違いを得るようにしたので,一の窪み25と隣接する他の窪み25の間隔を従来の鍵溝間のそれより短くすることができ,したがって,タンブラーの数を増大させ,その分鍵違いを多くすることができる」

 

3.相違点

 本件発明は、請求項の記載から次の構成を有しているといえる。

 

 本件発明の構成:

 鍵の窪みは,その深さとブレードの幅方向の位置が,ロータリーディスクタンブラーの揺動による円弧に沿ったものである。

 

 このように鍵とは別体のロータリーディスクタンブラーとの関係で特定される上記構成を、引用発明が有しているかは不明である。

 したがって、上記構成は、引用発明との相違点になる。

 

4.判決における進歩性の判断

 「本件発明及び引用発明は,いずれも鍵の発明ではあるものの,それぞれの錠に対応する合鍵としての発明であるから,錠の構造を捨象して,鍵の形状のみによって容易想到性を判断することはできない。」

 したがって、上記の相違点(上記構成)は、引用発明や他の文献によっても埋められないので、本件発明は、引用発明から容易とはいえない。

 

5.実務上の指針

 上記の判決では、本件発明が鍵の発明であっても、鍵とは別体の物(鍵が挿入されるロータリーディスクタンブラー錠)との関係で特定された構成により、引用発明との相違点が認定されている。

 本件発明を記載した請求項において、鍵の構成が、ロータリーディスクタンブラー錠との関係で記載され、かつ、「ロータリーディスクタンブラー錠用の鍵。」のように用途が限定されている。

 したがって、ある物の発明を請求項に記載する場合に、当該物の構成を、請求項において他の物との関係により特定できる。

 この点は、特許庁の審査基準にも、次のように記載されている。以下の『』内は、用途限定に関する特許庁の審査基準の記載である。

 

『用途限定が付された物が、その用途に特に適した物を意味する場合は、審査官は、その物を、用途限定が意味する形状、構造、組成等(以下この項(3.)において「構造等」という。)を有する物であると認定する(例1及び例2)。その用途に特に適した物を意味する場合とは、用途限定が、明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識をも考慮して、その用途に特に適した構造等を意味すると解釈される場合をいう。』

 

弁理士 野村俊博

進歩性 構成が同じに見えても技術的意義が異なれば特許になる

進歩性 構成が同じに見えても技術的意義が異なれば特許になる

 

判例No.9平成27年(行ケ)第10242号 審決取消請求事件

 

※以下は、この判決についての独自の見解です。

※以下において、「」内は、上記の判決文からの引用です。

 

1.判決の概要

 本件発明について請求項1と明細書の両方から把握される技術的意義が、引用発明に記載されておらず、二重瞼の形成原理が両発明の間で全く異なる。

 したがって、本件発明は、引用発明から容易に想到できるものではない。

 

2.本件発明のポイント

 本件発明の請求項1は、次の通りに記載されている。

 

特徴:「【請求項1】延伸可能でその延伸後にも弾性的な伸縮性を有する合成樹脂により形成した細いテープ状部材に,粘着剤を塗着することにより構成した,ことを特徴とする二重瞼形成用テープ。」

 

効果:二重瞼形成用テープを、延伸させた状態で瞼に押し当てて、粘着剤によりそこに貼り付け、そのまま両端の把持部を離すと、テープ状部材の弾性的な収縮力によりテープ状部材を瞼に食い込ませて二重瞼を形成できる。

 

3.相違点

 本件発明の「延伸可能」と「二重瞼形成用テープ」とが互いにどのような関係にあるのかは、請求項1の記載から把握できないので、明細書を参酌することは許される(リパーゼ事件判決:注1)。

 この参酌により、「延伸可能」と「二重瞼形成用テープ」とは、「延伸させたテープ状部材の収縮力によりテープ状部材を瞼に食い込ませて二重瞼を形成する」という関係があるといえる。

 本件発明は、この関係を有するものと認定できる。

 引用発明のテープ細帯は、この関係を有するものではないので、本件発明と相違する。

 

 注1:発明の要旨認定においては、特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解することができないなどの特段の事情がある場合に限って、明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌することが許される。

 

4.進歩性の判断

 上記相違点に関し、引用発明は、二重瞼を形成する原理が本件発明と全く異なる。

 また、引用発明のテープ細帯においても、延伸後に弾性的な収縮力が発生しているとしても、このテープ細帯の収縮力の程度では,本件発明のように,テープ状部材を瞼に食い込ませて二重瞼を形成できるとは思われない。

 したがって、本件発明は、引用発明から容易に想到できるものではない。

 

5.実務上の指針

 権利化しようとする発明(権利化対象発明)と引用発明との構成が同じであっても、権利化対象発明の構成要素の物理的性質の程度(上記判例では、延伸後の弾性的な収縮力の程度)の違いにより、権利化対象発明の技術的意義が引用発明には無いと言える場合には、次の対応(1)をとる。

 

(1)権利化対象発明と引用発明との間で、構成要素の物理的性質の程度(上記判例では収縮力の程度)が異なるので、引用発明では、権利化対象発明の技術的意義(上記判例ではテープ状部材を瞼に食い込ませて二重瞼を形成できること)が無いと主張する。

 

 また、スムーズな権利化や争いを無くすために、次の(2)の対応をすることも、請求の範囲の書き方の1つになりえる。

 

(2)上記の技術的意義が請求の範囲から読み取れない場合には、上記の技術的意義を請求項に反映する。上記判例では、『テープ状部材を瞼に食い込ませて二重瞼を形成するための』というような目的の特定を請求項1に反映させる(本ブログのNo.1を参照:進歩性 使用時の状態の相違 目的の特定 - hanreimatome_t’s blog)。

 

弁理士 野村俊博

進歩性 引用発明の目的から離れる限定は容易でない

進歩性 引用発明の目的から離れる限定は容易でない

 

判例No.8平成27年(行ケ)第10165号 審決取消請求事件

※以下は、この判決についての独自の見解です。

※以下において、「」内は、上記の判決文からの引用です。

 

1.判決の概要

 引用発明に具体的に開示された形状を本件発明と同じ形状に限定とすることは,引用発明の目的から離れていくので、本件発明は容易とはいえない。

 

2.本件発明の要点

 本件発明としての請求項1の記載は、次の特徴の通りである。

特徴:「発泡プラスチック等弾力性のある材料で作られた5角柱体状の首筋周りストレッチ枕」

 

効果:「5角柱体状であるから,頭を枕にこすり付けても滑りを起こさずに強い抗力,強い摩擦力を引き出してくれるので,人間が仰臥又は横臥の姿勢で枕に頭をこすり付けたり,引っ掛けたりするストレッチ運動を,他の角柱体状又は円筒体状の枕よりも容易にかつ安定して行うことができる」

 

3.相違点

 本願発明では、枕の形状が5角柱体状であるのに対し,引用発明では、枕の形状は、多角柱形状ではあるが、5角柱体状に限定されていない。

 

4.進歩性の判断

(1)引用発明の転がり枕は,請求項1の記載「円形状若しくは多角形状の外周をもつ転がり容易な円柱形状の弾性体枕」などを考慮すると、「引用発明の転がり枕の外周面は,円に近い形状の多角形が想定されているものと認められる」。

 したがって、引用例(引用発明)に具体的に開示された8角形よりも角の数の少ない多角形状の外周面を持つ形状とすることは,引用発明の目的(「容易に転がして体の任意の部分にあてがうことができ,また,その部位をわずかに上げて転がすことであてがい直しができる」など)から離れていくので,「これを試みること自体に相応の創意を要する」。

 

(2)本件発明では、「枕を5角柱体とすることに格別の技術的意義」、例えば上記項目2の効果を見出したのに対し、「枕の断面形状を5角形とすることが周知技術とはいえない」。

 

 よって、本件発明は引用発明から容易とはいえない。

 

5.実務上の指針

 引用発明の形状(上記判例では枕の外周の形状)をさらに限定(上記判例では5角形に限定)すると本件発明と同じになる場合であって、この限定が引用発明の目的から離れる場合には、その旨を主張する。

 

弁理士 野村俊博