権利範囲 請求項において機能又は作用効果のみによって表現された事項には、明細書及び図面の開示内容から当業者が実施できない構成は含まれない。広い権利範囲を確保するために、上位概念では共通するが、具体的構成では、互いに異なる技術的思想(アイデア)による構成を明細書や図面に記載する。

判例No. 41 平成17年(ワ)第22834号債務不存在確認等請求事件

 

権利範囲 請求項において機能又は作用効果のみによって表現された事項には、明細書及び図面の開示内容から当業者が実施できない構成は含まれない。広い権利範囲を確保するために、上位概念では共通するが、具体的構成では、互いに異なる技術的思想(アイデア)による構成を明細書や図面に記載する。

 

以下は、独自の見解です。

 

1.本件発明について

 本件発明では、係止体により、地震時に、扉がわずかに開いた位置を越えて開くことを許容しない状態を保持し、地震のゆれがなくなると、扉が開くことを許容する。

 すなわち、本件発明は、特許第3650955号の請求項1において、次のように特定されている。

 

「【請求項1】

 地震時に扉等がばたつくロック状態となるロック方法において棚本体側に取り付けられた装置本体の扉等が閉じられた状態からわずかに開かれるまで当たらない係止体が地震時に扉等の開く動きを許容しない状態になり,前記係止体は扉等の戻る動きとは独立し扉等の戻る動きで解除されず地震時に扉等の開く動きを許容しない状態を保持し,地震のゆれがなくなることにより扉等の戻る動きと関係なく前記係止体は扉等の開く動きを許容して動き可能な状態になる扉等の地震時ロック方法。」

 

 下線部は、本判決における争点となった構成要件Dであり、ここで付した。

 

2.争点

 対象製品が、上記請求項1における構成要件D「地震のゆれがなくなることにより扉等の戻る動きと関係なく前記係止体は扉等の開く動きを許容して動き可能な状態になる」を充足するか否かが争点になった。

 

3.本件発明の具体的構成

 本件発明について、その明細書と図面には、次の構成が記載されている。

 地震時に、球が、地震の揺れにより第1領域へ転動して、係止体を押して扉に係合させる係合位置へ揺動させる。これにより、係止体は、扉の開く動きを許容しない。

 また、球の案内路の形状により、球は、地震の揺れが扉を開く方向である時には扉が開くよりも早く第1領域へ移動し、地震の揺れが扉を閉じる方向である時にはゆっくりと、係止体から離間する第2領域の側へ移動する。これにより、地時の揺れが継続している間は、球は第1領域にあり、係止体は、扉の開く動きを許容しない係合位置に保持される。

 地震がなくなると、球は、自重で案内路に沿って転動して、第2領域に移動し、その結果、係止体は、自重で揺動して扉から離間する。これにより、係止体は、扉の開く動きを許容する。すなわち、上記構成要件D「地震のゆれがなくなることにより扉等の戻る動きと関係なく前記係止体は扉等の開く動きを許容して動き可能な状態になる」が達成される。

 

4.対象製品(原告製品)の構成

 対象製品では、本件発明の具体的構成の球の代わりに、2つの感震体(倒立分銅)を用いている。各感震体は、地震の揺れにより転がり、係止体を押して揺動させ扉に係合させる係合位置へ移動させる。これにより、係止体は、扉の開く動きを許容しない。

 2つの感震体は、地震時に互いに異なる周期で揺れるので、一方の感震体が係止体から離間する離間位置に揺動しても、他方の感震体が係止体を押して係合位置に保持する位置に揺動している。これにより、地震の揺れが継続している間は、少なくともいずれかの感震体により、係止体は係合位置に保持される。

 地震がなくなると、いずれの感震体も、自重で、係止体を扉に係合させない元の離間位置に戻り、これにより、係止体は、扉の開く動きを許容する。すなわち、上記構成要件D「地震のゆれがなくなることにより扉等の戻る動きと関係なく前記係止体は扉等の開く動きを許容して動き可能な状態になる」が達成される。

 

5.対比

 上述のように、本件発明の具体的構成は、揺れの向きに応じて球の転動速度を変えるという技術的思想(アイデア)で、上記構成要件Dを達成しているのに対し、対象製品は、2つの感震体が異なる周期で揺動するという異なるアイデアで、上記構成要件Dを達成している。

 

 本件発明の明細書や図面には、揺れの向きに応じて球の転動速度を変えるための、球の案内路について、多数のバリエーションが記載されているが、対象製品の構成(2つの感震体)は記載されていない。

 

6.判示事項の独自解釈

 請求項において機能又は作用効果のみによって表現された事項には、明細書及び図面の開示内容から当業者が実施できない構成は含まれない。

 

 請求項において機能又は作用効果のみによって表現された事項の技術的範囲は、明細書及び図面に開示されている具体的な構成に示されているアイデア(技術思想)に基づいて確定される。

 

 本件発明の明細書及び図面には、揺れの向きに応じて球の転動速度を変えるというアイデアによる具体的構成だけが開示されている。

 すなわち、本件発明の明細書及び図面には、2つの感震体が異なる周期で揺動するという異なるアイデアによる具体的構成は開示されていない。

 したがって、上位概念(構成要件D)では、本件発明と、対象製品は共通していても、下位概念(具体的構成)では、本件発明のアイデアと対象製品のアイデアは相違している。

 そうすると、本件発明の構成要件Dの技術的範囲は、その具体的構成のアイデアに基づくものであり、これと異なるアイデアの対象製品の構成を含まない。

 

 これについて、以下の『』内は上記判決からの抜粋です。なお、以下の下線は新たに付しました。

 

『構成要件Dは、本件発明の目的そのものを記載したものであり、機能又は作用効果のみを表現しており,本件発明の目的を達成するために必要な具体的な構成を明らかにするものではない。

 特許請求の範囲に記載された発明の構成が機能的,抽象的な表現で記載されている場合において,当該機能ないし作用効果を果たし得る構成であればすべてその技術的範囲に含まれると解すると,明細書に開示されていない技術思想に属する構成まで発明の技術的範囲に含まれ得ることになり,出願人が発明した範囲を超えて特許権による保護を与える結果となりかねないが,このような結果が生ずることは,特許権に基づく発明者の独占権は当該発明を公衆に対して開示することの代償として与えられるという特許法の理念に反することとなる。したがって,特許請求の範囲が上記のような表現で記載されている場合には,その記載のみによって発明の技術的範囲を明らかにすることはできず,上記記載に加えて明細書の発明の詳細な説明及び図面の記載を参酌し,そこに開示された具体的な構成に示されている技術思想に基づいて当該発明の技術的範囲を確定すべきである。具体的には,明細書及び図面に開示された構成及びそれらの記載から当業者が実施し得る構成が当該発明の技術的範囲に含まれると解するのが相当である。』

 

7.実務上の指針

 請求項において機能又は作用効果のみによって表現された事項の技術的範囲を広く確保するために、その具体的構成を、互いに異なるアイデア(技術的使用)の観点から記載できるかどうかを検討する。

 すなわち、互いに異なるアイデアに基づく複数の具体的構成を明細書や図面に記載しておく。

 

なお、権利範囲に関する過去のブログには、次のものがあります。

権利範囲の解釈に発明の課題及び作用効果が考慮される - hanreimatome_t’s blog

権利範囲 請求項において明確な用語も明細書を参酌して解釈される。 - hanreimatome_t’s blog

 

弁理士 野村俊博

ある変更が一般的には単なる設計変更であっても、その変更を特定の主引用例で行うと、主引用例の技術的意義が変動する場合には、その変更は単なる設計事項ではない。

判例No. 40平成29年(行ケ)第10139号 審決取消請求事件

 

 ある変更(本判例では、処理の順序の入れ替え)が一般的には単なる設計変更であっても、その変更を特定の主引用例で行うと、主引用例の技術的意義が変動する場合には、その変更は単なる設計事項ではない。

 

以下は、独自の見解です。

 

1.本件発明の内容

 特願2014-509742号の請求項1は、次の「」内のように記載されている。

 この請求項1に係る発明を以下で本件発明という。

 

「レーダー送信機及びレーダー受信機を備えるレーダーセンサを用いてホスト自動車の外部の環境で1又は複数のターゲット物体をモニタリングするための装置であって,

前記装置は,前記ホスト自動車と前記1又は複数のターゲット物体との間の所定の相対移動の検知に応答して少なくとも1のアクションを始動するように構成され,

前記装置は,前記ホスト自動車の延伸軸からの前記ターゲット物体又は各ターゲット物体の距離である横方向オフセット値を判断し,前記横方向オフセット値に基づいて前記少なくとも1のアクションの始動が行われないように,前記少なくとも1のアクションの始動を無効にし,

前記装置は,前記レーダーセンサの出力に応じて前記ターゲット物体又は各ターゲット物体の前記横方向オフセット値を判断するように構成された装置。」

 

すなわち、本件発明では、自動車の制御において、処理1「ターゲット物体との相対移動の検知に応答してアクションを始動させる」を行い、その後に,処理2「ターゲット物体の横方向オフセット値に基づいて(自車線上にターゲット物体が存在物しない場合に)アクションの始動を無効にする」を行っている。

 

2.主引用例(特開2005-28992号公報)の内容

 自動車の制御において、処理A「認識された存在物が自車線上の存在物であるか否かという条件の充足性が判断され」,その後に、処理B「自車両の速度,ブレーキ操作部材の操作の有無,自車両と直前存在物との衝突時間や車間時間等の条件に応じて,特定のACC制御やPCS制御が開始され,又は開始されない」を行っている。

 

3.本件発明と主引用例との相違点

本件発明では,処理1の後に処理2を行っているのに対し、主引用例では、処理A(処理2に対応)の後に処理B(処理1に対応)を行っている。

 

4.審決の判断

次の『』内は本判決の前審である審決からの抜粋です。

『「作動」を「開始」する(「アクションの始動が行われ」るようにする)か否かの判断の対象とすべき特定存在物(ターゲット)の「絞込み」を、事前に(つまり、ACC制御、PCS制御等の衝突対応制御が行われることを事前に停止させるために)行うか、事後に(つまり、ACC制御、PCS制御等の衝突対応制御が行なわれ、作動装置を作動させるための信号が生成されるが、信号の出力は阻止される)行うかは、通常行いうる設計変更と認められる』

 

 すなわち、審決では、処理の順序の入れ替えは、単なる設計変更であると判断されている。

 

5.判決の概要(独自解釈)

 主引用例を本件発明に至らせるには、主引用例において処理A,Bの順序を入れ替える必要がある。

 処理の順序を入れ替えることが単なる設計変更であったとしても、主引用例において処理A,Bの順序を入れ替えることは単なる設計変更ではない。

 主引用例において処理A,Bを入れ替えると、処理負荷が増大し、主引用例の技術的意義「処理A,Bの順序により処理負担を軽減できる」が変動(喪失)してしまうからである。

 なお、より詳しくは、主引用例において、処理A,Bを入れ替えると、認識された多数の存在物について処理Bを行う必要があるので、処理負荷が増大してしまう。

 

6.考察

 主引用例の技術的意義が失われる変更は、主引用例から動機づけられないと思う。

 したがって、「処理の順序を入れ替えることが単なる設計変更であったとしても、その入れ替えを特定の主引用例で行うと、主引用例の技術的意義が変動する場合には、主引用例において処理の順序を入れ替えることは単なる設計変更ではない」を、次のように一般化できるように思う。

 

 ある変更が一般的には単なる設計変更であっても、その変更を特定の主引用例で行うと、主引用例の技術的意義が変動(喪失)する場合には、その変更は単なる設計事項ではない。

 

弁理士 野村俊博

副引用例に、複数の構成①~③が記載され、当該構成毎に、その効果が記載されている場合でも、副引用例の明細書に、発明の効果として、構成①~③により、これらの効果を統合したものが得られると記載されている場合は、構成①~③は不可分のものである。したがって、副引用例から構成①のみを抽出して主引用例に適用することは容易でない。

副引用例に、複数の構成①~③が記載され、当該構成毎に、その効果が記載されている場合でも、副引用例の明細書に、発明の効果として、構成①~③により、これらの効果を統合したものが得られると記載されている場合は、構成①~③は不可分のものである。したがって、副引用例から構成①のみを抽出して主引用例に適用することは容易でない。

 

判例No. 39平成29年(行ケ)第10120号  審決取消請求事件

 

以下は、独自の見解です。

 

1.審決の概要

 当業者は、副引用例(特開昭62-152906号公報)に記載された構成①を主引用例(特開2011-207283号公報)に適用することにより、本件発明に容易に想到できる。

 

2.副引用例の記載

 副引用例には、乗用車のタイヤに関して、次の構成①~③が記載されている。

 

構成①:「溝面積比率を25%とし、しかも、踏面幅Tの50%以内の領域Wの全溝面積比率を残りの領域の全溝面積比率の3倍とする」

 ここで、「」内は副引用例からの抜粋です。

 

構成②:「ストレート溝aと副溝bとにより区画されたブロック1の表面に独立カーフをタイヤ幅方向FF’に形成した」

 ここで、「」内は副引用例からの抜粋です。

 

構成③:「ブロック1の各辺とカーフcの各辺(実質的にカーフcの両側)のタイヤ幅方向FF’全投影長さLGとタイヤ周方向EE’の全投影長さCGとの比LG/CG=2.5とした」

 ここで、「」内は副引用例からの抜粋です。

 

 また、副引用例には、構成①~③毎に、その効果が次のような内容で記載されている。

 構成①により、耐摩耗性能を向上させ、乗心地性能及び湿潤路走行性能の低下を抑えることができる

 構成②により、良好な乗心地性能を享受でき、乾路走行性能を向上させることができる。

 構成③により、湿潤路走行性能を向上させることができる。

 

 更に、副引用例には、その目的と効果が次のような内容で記載されている。

 副引用例の発明は、耐摩耗性能、乗心地性能、湿潤路走行性能、および乾路走行性能を向上させることを目的としている。

 副引用例の発明は、構成①~③により、耐摩耗性能、乗心地性能、湿潤路走行性能、および乾路走行性能を向上させることができる。

 

3.上記判決の概要

 「副引用例の記載を鑑みると、構成①~③は不可分のものであり、構成①のみを抜き出して、副引用例に構成①が開示されていると認めることはできない」と、判示されていると解釈する。

 なお、上記判決によると、構成①~③は不可分であること以外に、副引用例はブロックパターンのタイヤであることも前提(不可分)であるとして、構成①のみを抜き出して、副引用例に構成①が開示されていると認めることはできないとされている。

 しかし、上記判決において、構成①~③は不可分であると述べられているので、ブロックパターンの前提を考慮しなくても、副引用例から構成①のみを抜き出すことは容易ではないと思う。

 

 上記に関する上記判決文からの抜粋は、次の「」内の通りです。当該「」内において甲4は副引用例のことであり、①ないし③は上記の構成①~③のことです。

 

「①ないし③の技術的事項は,甲4に記載された課題を解決するための構成として不可分のものであり,これらの構成全てを備えることにより,耐摩耗性能を向上せしめるとともに,乾燥路走行性能,湿潤路走行性能及び乗心地性能をも向上せしめた乗用車用空気入りラジアルタイヤを提供するという,甲4記載の発明の課題を解決したものと理解することが自然である。したがって,甲4技術Aから,ブロックパターンを前提とした技術であることを捨象し,さらに,溝面積比率に係る技術的事項のみを抜き出して,甲4に甲4技術が開示されていると認めることはできない。」

 

なお、関連する過去のブログには、次のものがあります。

進歩性 一体不可分の複数の構成から一部の構成だけを分離するのは、容易でない。 - hanreimatome_t’s blog

進歩性 引用例において、ひとまとまりの構成の一部のみを把握することはできない。 - hanreimatome_t’s blog

 

弁理士 野村俊博

主引用例の構成要素Aと副引用例の構成要素Bとで、用途や構造が共通していても、構成要素Bを主引用例の構成要素Aに直ちに適用可能とは言えず、主引用例の構成要素Aに構成要素Bの機能を持たせることの合理的理由がなければ、この適用は容易でない。

主引用例の構成要素Aと副引用例の構成要素Bとで、用途や構造が共通していても、構成要素Bを主引用例の構成要素Aに直ちに適用可能とは言えず、主引用例の構成要素Aに構成要素Bの機能を持たせることの合理的理由がなければ、この適用は容易でない。

 

判例No. 38平成27年(行ケ)第10009号 審決取消請求事件

以下は、独自の見解です。

 

1.本件発明(特許第5337221号の請求項1)の内容

 特許第5337221号の請求項1は、次の「」内の通りです。ただし、下線はここで付しました。

「シリンダ本体と,このシリンダ本体に進退可能に装備された出力部材と,この出力部材を進出側と退入側の少なくとも一方に駆動する為の流体室とを有する流体圧シリンダにおいて,

前記シリンダ本体内に形成され且つ一端部に加圧エアが供給され他端部が外界に連通したエア通路と,このエア通路を開閉可能な開閉弁機構とを備え,

前記開閉弁機構は,前記シリンダ本体に形成した装着孔に進退可能に装着され

且つ先端部が前記流体室に突出する弁体と,この弁体が当接可能な弁座と,前記

流体室の流体圧によって前記弁体を前記出力部材側に進出させた状態に保持する

流体圧導入室と,前記流体室と前記流体圧導入室とを連通させる流体圧導入路と

を備え,

前記出力部材が所定の位置に達したときに,前記出力部材により前記弁体を移

動させて前記開閉弁機構の開閉状態を切り換え,前記エア通路のエア圧の圧力変

化を介して前記出力部材が前記所定の位置に達し,前記所定の位置にあることを

検知可能に構成したことを特徴とする流体圧シリンダ。」

 

2.主引用例(米国特許第3,540,348)の内容

 シリンダ内で往復動するピストンがシリンダ室の一端に達すると当該ピストンの動作に二方パイロット弁が機械的に連動することによりシリンダ室への流体圧供給を切り換えて、ピストンの動きを反転させる。これにより、ピストンは自動的に反転動作する。

 以下で、上記の内容の一部を次のように構成要素Aという。

 構成要素A:「シリンダ内で往復動するピストンがシリンダ室の一端に達すると当該ピストンの動作に二方パイロット弁が機械的に連動することによりシリンダ室への流体圧供給を切り換えて」

 

3. 主引用例との相違点

出力部材(ピストン)が所定の位置(工程端)に達したときの動作について,本件発明では「前記所定の位置にあることを検知可能」にしたのに対し,主引用例では、二方パイロット弁によりピストン21の反転動作を可能にしたもので,「検知」については不明である点。

 

4.副引用例(米国特許第4,632,018)の記載内容

 次の構成要素A’,Bが互いに置換可能であることが記載されている。

構成要素A’:ピストンが工程端に達すると、プランジャ型スイッチピストンと機械的に連動することにより作動する。

構成要素B:ピストンが工程端に達すると、これによる圧力変化がピストンセンサにより検知される。

 

5.適用について(進歩性の判断)

 上記判例の判示内容の独自解釈は次の通りです。

 

 副引用例の構成要素A’(主引用例の構成要素Aに相当)を構成要素Bに置換できることを、主引用例に適用することにより、上記相違点は埋められる。すなわち、主引用例において、構成要素A「シリンダ室の一端に達すると、このピストンの動作に二方パイロット弁が機械的に連動すること」を、構成要素B「ピストンが工程端に達すると、これによる圧力変化がピストンセンサにより検知される」に置き換えると、上記相違点は埋められる。

 しかし、主引用例だけを考慮すると、主引用例では、機械的な連動で、ピストンが自動的に反転動作するようにしているので、主引用例において、ピストンの工程端への移動による圧力変化を検知する動機づけはない。

 すなわち、構成要素Aと構成要素Bとで用途や構成が共通していても、機械的な連動によりピストンを自動的に反転動作させている主引用例においては、構成要素Bの検知機能を持たせる合理的理由がないので、主引用例において、構成要素Aを敢えて構成要素Bに置き換える動機づけは無い。

 よって、上記相違点に係る本件発明の構成は,当業者が容易に想到することができない。

 

弁理士 野村俊博

進歩性の主張が困難であるように思える場合に、本願発明の技術的思想と引用例の技術的思想の相違という観点から検討すると、有力な反論が見つかることがある。

進歩性の主張が困難であるように思える場合に、本願発明の技術的思想と引用例の技術的思想の相違という観点から検討すると、有力な反論が見つかることがある。

 

判例No. 37平成28年(行ケ)第10071号 審決取消請求事件

以下は、独自の見解です。

 

1.判決の概要

 上記判例では、以下のように、技術的思想の観点からの検討により、本願発明の進歩性が肯定された(進歩性を否定した審決が取り消された)。

 

2.本願発明

 上記判例における本願発明の請求項1(特開2012-108704号公報の請求項1)は、次の「」内と通りです。

 

「【請求項1】

 機密事項を扱うアプリケーションを識別する機密識別子が記憶される機密識別子記憶部と,システムコールの監視において,実行部がアプリケーションを実行中に行う送信処理に応じたシステムコールをフックし,当該アプリケーションが,前記機密識別子記憶部で記憶されている機密識別子で識別されるアプリケーションであり,送信先がローカル以外である場合に,当該フックしたシステムコールを破棄することによって当該送信を阻止し,そうでない場合に,当該フックしたシステムコールを開放する送信制御部と,を備えた機密管理装置。」

 

3.審決の内容(独自解釈)

 主引用例(特開2009-217433号公報)では、保護方法データベースは、アプリケーションの識別子を安全性の情報に関連付けて格納している。

 主引用例において、アプリケーションに対する識別子と安全性の情報の組み合わせは、本願発明の「機密事項を扱うアプリケーションを識別する機密識別子」に相当する。

 また、主引用例では、入力元の安全性(識別子に関連付けられた安全性)と出力先の安全性を比較して送信するかを決定することが記載されている。

 更に、送信先がローカルであれば送信を許可し,ローカル以外であれば送信を阻止すること自体は周知である。

 そうすると、主引用例において、入力元の安全性と出力先の安全性を比較して送信するかを決定する場合に、識別子が示す入力元の安全性の情報が最高レベルを示している時に(本願発明の「機密識別子で識別されるアプリケーションの送信処理を行う時」に相当)、送信先がローカルであれば送信を許可し,ローカル以外であれば送信を阻止することは、容易に想到できる。

 

4.反論の可能性(独自解釈)

 上記審決の論理は、そのまま読むと妥当であるように見え、反論の余地はなさそうに思える。

 

 これに対し、上記判例では、次のように審決を取り消している。

 審決によると、主引用例において、様々なバリエーションが考えられ、その1つのバリエーション(入力元の安全性と出力先の安全性を比較して送信するかを決定するというバリエーション)と周知と思われる事項(送信先がローカルであれば送信を許可し,ローカル以外であれば送信を阻止すること)との組み合わせにより、本願発明に至るとされている。

 しかし、技術的思想の観点から見ると、本願発明と主引用例に記載の発明(引用発明)とは、明確に相違する。

 「本願発明の根幹をなす技術的思想は,アプリケーションが機密事項を扱うか否かによって送信の可否を異にすることにあるといってよい。」ここで、「」内は上記判例からの抜粋です。

 これに対し、「引用発明の技術的思想は,入力元のアプリケーションと出力先の記憶領域とにそれぞれ設定された安全性を比較することにより,ファイルを保護対象とすべきか否かの判断を相対的かつ柔軟に行うことにある」ここで、「」内は上記判例からの抜粋です。

 このように、本願発明と引用発明とは、技術的思想が異なる。

 引用発明において本願発明の技術的思想に従って変更することは、引用発明の技術的思想に反する。すなわち、引用発明において、本願発明の技術的思想に従う変更をすると、次の(A)~(C)が成立する場合、(A)と(B)が満たされているので、(C)に関わらず、送信を阻止することになる。これは、引用発明の技術的思想に反する。引用発明の技術的思想に従うと、(A)~(C)が成立する場合、(A)と(C)が満たられているので、(B)に関わらず送信を実行することになるからである。

(A)入力元のアプリケーションに対応する安全性の情報(入力先の安全性)が機密(最高レベル)を示している。

(B)出力先がローカル以外である。

(C)出力先の安全性が入力先の安全性よりも低い。

 

 よって、主引用例において、本願発明になるような変更をすることの動機づけは無く、このような変更は容易でない。

 

弁理士 野村俊博

主引用例との相違点となる対象発明の構成が周知であっても、それだけでは、進歩性を否定できない。例えば、当該構成を、主引用例で用いる理由や動機づけがない場合には、進歩性が認められる余地がある。

 主引用例との相違点となる対象発明の構成が周知であっても、それだけでは、進歩性を否定できない。例えば、当該構成を、主引用例で用いる理由や動機づけがない場合には、進歩性が認められる余地がある。

 

判例No. 36平成22年(行ケ)第10351号 審決取消請求事件

 

1.本件発明について

 対象となった本件発明(特願2000-582314の請求項1)の記載は、次の「」内の通りです。

 

「【請求項1】

 飲食物廃棄物の処分のための容器であって、飲食物廃棄物を受け入れるための開口を規定し、かつ内表面および外表面を有する液体不透過性壁と、前記液体不透過性壁の前記内表面に隣接して配置された吸収材と、前記吸収材に隣接して配置された液体透過性ライナーとを備え、前記容器は前記吸収材上に被着された効果的な量の臭気中和組成物を持つ、飲食物廃棄物の処分のための容器。」

 

2.主引用例との相違点となる本件発明の構成

 本件発明において、次の構成Aは、主引用例(実開平1-58507号)に記載されていない。

構成A:

「液体透過性ライナー(裏張り)を吸収材に隣接して(すなわち、積層して)配置している」

 なお、本件発明と主引用例とで、液体不透過性壁に吸収材を積層する点は共通している。

 

3.相違点となる構成Aによる効果

 本件発明では、上記構成Aの液体透過性ライナーにより、次の機能Bが得られる。次の「」内は特願2000-582314の公開公報(特表2002-529347)からの抜粋です。

効果B:

「ライナーを設けることによって、飲食物の廃棄物および食べ残しを中に入れる過程で容器の中に手を入れる消費者は、液状の廃棄物でほとんど、あるいは完全に飽和された吸収材との偶発的で、望ましくない接触をしないですむ。」

 

4.周知技術

 周知技術では、吸収材が容器の内面から脱落することを防止するために、液体透過性ライナーを吸収材に隣接して(すなわち、積層して)配置している。

 

5.判示事項(独自解釈)

 相違点に係る構成Aが周知であるとして本件発明の進歩性を否定することは、周知の構成Aを主引用例に容易に適用できるかの検討・判断をしていないので、妥当でない。すなわち、周知の当該構成を主引用例に適用することが容易であるかについての検討が必要である。

 周知技術では、吸収性ポリマー(吸収材)を基材に付着させる場合、吸収性ポリマーが基材から脱落することを防止するために、ライナーを吸収性ポリマーに積層して配置している。

 これに対し、主引用例では、吸収性ポリマーは、その材料の性質と基材への被覆方法を考慮すると、基材と一体化しているので、基材から脱落することはない。

 したがって、主引用例において、ライナーを吸収性ポリマーに重ねて配置する必要はない。そうすると、主引用例において、上記効果Bを得るという目的で、ライナーを吸収性ポリマーに重ねて配置する動機づけはない。

 よって、主引用例において、ライナーを吸収性ポリマーに隣接して(積層して)配置することは容易に想到できたとする審決は妥当でない。

 

6.考察

 対象発明が、主引用例との相違点となる構成P(上記判例では、構成A)を有しており、この構成Pが周知技術であるとして、対象発明の進歩性が否定されている場合、次の(1)(2)に該当するかを検討する。

(1)(2)の両方に該当すれば、(1)(2)を主張することにより、進歩性が認められる可能性がある。

(1)(2)のうち(2)のみに該当しても進歩性が認められる可能性があると思う。(2)に該当すれば、主引用例で構成Pを採用する理由や動機づけがないからである。

 

(1)対象発明では、上記構成Pが周知技術と異なる機能Q(上記判例では、上記機能B)を得るために用いられているのに対し、主引用例には、当該機能Qを得ることについて何ら示唆されていない。

 

(2)周知技術では、上記構成Pは、機能Qとは異なる機能Rを得るため用いられているのに対し、主引用例において、機能Rを得る必要がない。

 

 なお、(1)については、請求項において、その機能が発揮されていることが明確な記載になっているかを検討する。そのようになっていない場合には、そのようになるように請求項を補正する。これにより、進歩性が認められる可能性が高まる。

 上記判例では、(1)(2)の両方に該当しているとして、進歩性否定の審決を取り消している。

 

 弁理士 野村俊博

進歩性 対象発明と引用例とで、解決する課題が同じであり、かつ、解決手段に共通点があっても、厳密に見た場合に解決原理が異なっていれば、進歩性が認められる。

進歩性 対象発明と引用例とで、解決する課題が同じであり、かつ、解決手段に共通点があっても、厳密に見た場合に解決原理が異なっていれば、進歩性が認められる。

 

判例No. 35 平成25年(ネ)第10051号 特許権侵害行為差止等請求控訴事件

 

※以下は独自の解釈です。

 

1.本件発明の内容
 上記判例における特許第2137621号の請求項1に係る発明(本件発明)は、次の「」内の通りです。
「【請求項1】 版を装着して使用するオフセット輪転機版胴において、前記版胴の表面層をクロムメッキ又は耐食鋼で形成し、該版胴の表面粗さRmaxを
6.0μm≦Rmax≦100μm
に調整したことを特徴とするオフセット輪転機版胴。」

 

2.主引用例との相違点
 本件発明では、版胴の表面粗さRmaxが6.0μm≦Rmax≦100μmであるのに対し、主引用例(証拠の設計図)では、版胴の表面粗さRmax=2.47~4.02μmが調整されている点で、両者は相違する。

 

3.副引用例の内容
 副引用例(特開昭57―156296号公報)では、版胴にかけられる印刷版用基材において、版胴との接触面となる裏面の表面粗さを20μm以上,好ましくは25~100μmとすることにより(ただし、表面粗さがRmaxかRaであるかは不明)、版胴へのフィット性を向上させ,印刷中に版胴との間にズレや歪みを生じにくくしている。

 

4.判示事項(独自解釈)
 副引用例では、次の原理により、版胴とのズレの問題を解決している。副引用例では、版胴ではなく,版胴にかけられる印刷版用基材を、圧縮弾性が得られる材料(樹脂層を含む材料)で形成し、当該基材において版胴と接触する裏面に適度な凹凸をつけている。これにより、版胴に対するフィット性が高まり、版胴とのズレの発生を防止している。
 これに対し、本件発明では、次の原理により、版胴とのズレの問題を解決している。本件発明では、金属製の版胴の表面粗さRmaxを6.0μm≦Rmax≦100μmに調整している。これにより、版と版胴間の摩擦係数を増加させることで、版ずれトラブルを防止している。
 このように、副引用例と本件発明では、面の凹凸を調整する点では共通するが、副引用例では、圧縮弾性材料とのフィット性を高めてズレを防止しているのに対し、本件発明では、金属製の表面の凹凸で摩擦係数を増加させてズレを防止しているので、両者の課題解決原理が相違する。
 また、本件発明の課題解決原理は、主引用例と副引用例のいずれにも記載されていないので、本件発明は、主引用例と副引用例に基づいて容易に発明をすることができたものであるとは認められない。

 

5.実務上の指針
 対象発明と引用発明とで、解決する課題が同じであり、かつ、解決手段に共通点(上記判例では面の凹凸を調整するという共通点)があっても、厳密に見た場合に解決原理が異なっていれば(上記判例では、フィット性の向上と摩擦係数の増加とで相違する)、進歩性が認められる。

 なお、上記判例では、本件発明の権利行使が認められている。これは、その上記請求項1において、記載が短くて限定が少なかったことにもよると思えた。
 したがって、発明のポイント(上記判例では、Rmaxが6.0μm≦Rmax≦100μmである点)さえ記載すれば、他の内容はできるだけ簡潔に、不要な限定をせずに記載するのがよさそうと改めて思った。

 

弁理士 野村俊博

進歩性 複数の周知例を抽象化した技術を周知技術として認定することはできない

進歩性 複数の周知例を抽象化した技術を周知技術として認定することはできない。

 

判例No.34平成28年(行ケ)第10044号 審決取消請求事件

 

※以下は独自の解釈です。

 

1.実務上の指針

 主引用例に周知技術を適用することにより、対象の発明に容易に想到できるとされた場合、次の(1)(2)に該当すれば、次の(3)の主張をする余地がある。

 

(1)複数の引例にそれぞれ記載された複数の技術事項から、抽象化(一般化)された周知技術が認定されている。

(2)複数の引例にそれぞれ記載された複数の技術事項は、それぞれ互いに異なる目的で使用されている。

(3)認定された周知技術は、複数の周知例を抽象化したものである。しかも、複数の引例にそれぞれ記載された複数の技術事項の目的が互いに異なることを考慮すると、周知技術が複数の技術事項の組み合わせに相当するとしても、このような組み合わせは容易ではない。したがって、当業者は、このように抽象化したものを周知技術として把握できない。

 

2.判決の概要

2.1.本件発明の要点

 第1~第3の化合物半導体層を、それぞれn型、p型、p型として、この順に積層した赤外線センサ。この赤外線センサでは、第3の化合物半導体層のp型ド-ピング濃度が第2の化合物半導体層のp型ド-ピング濃度よりも高い。これにより、第2の化合物半導体層への赤外線入射で発生した電子と正孔のペアのうち電子が、第3の化合物半導体層へ拡散することを防止できる。

 

2.2 相違点

 主引用例(引用発明C)のπ-InSb層は、本件発明の第2の化合物半導体層に対応するが、「Undopted」とされているから、本件発明においてp型ド-ピングされた第2の化合物半導体層と実質的に相違する。

 

2.3 審決における相違点の判断

 赤外線検出器において、雑音を低減する手段として,赤外線検出器の光吸収層をp型ドーピングして所望のp型キャリア濃度にすることは,本件特許の出願日当時,周知である。

 

2.4 判示事項

 複数の引用例には、それぞれの目的に応じた技術事項が記載されている。

 審決が認定した周知技術は、これらの技術事項を抽象化したものであるで、このように抽象化した技術事項を周知技術として認めることができない。

 

 次の『』の記載は、これに関する上記判例からの抜粋です。

『このように,引用例3,引用例4,甲5,甲6には,光吸収層のドーピングの調整によって,量子効率の最大化,ライフタイムの最大化,ノイズの最小化,熱によるキャリア生成に対する光によるキャリア生成の比率の最大化,熱生成-再結合が起こる領域の最小化,オージェ再結合の抑制が図られる旨記載されているものである。また,甲7には,オージェ制限のある光検出器の検出能力の最大化は,p型ドーピングによって実現できる旨記載されている。

そうすると,赤外線検出器の検出能力を向上させるためには,その目的に応じて,光吸収層のドーピングを調整することが必要であるというべきである。引用例3,引用例4,甲5ないし7から,おおよそ赤外線検出器の検出能力を向上させるための技術事項として,「光吸収層のドーピングが,他の層のドーピング等とともに適切に設計されること」(前記①)や,光吸収層のドーピングが「ノンドープ,p型及びn型のいずれも可能であること」(前記②)といった抽象的な技術事項は認めることはできない。

 ・・・したがって,前記①及び②の周知技術は認めることができない。』

 

弁理士 野村俊博

進歩性 主引用例に副引用例を適用する際に副引用例の構成を変更すると対象発明の構成に至る場合に、当該変更によって副引用例の効果が失われる場合には、当該変更は容易ではない。

進歩性 主引用例に副引用例を適用する際に副引用例の構成を変更すると対象発明の構成に至る場合に、当該変更によって副引用例の効果が失われる場合には、当該変更は容易ではない。

 

判例No.33平成28年(行ケ)第10265号 審決取消請求事件

以下は独自の解釈です。

 

1.実務上の指針

 主引用例に副引用例を適用する際に、副引用例の構成を周知技術に基づいて変更すれば、対象発明の構成に至る場合に、次の(1)に該当すれば、当該適用の際に副引用例の構成を変更することは容易ではない。

 

(1)副引用例の構成を周知技術に基づいて変更すると、変更前の副引用例の効果が失われてしまう。

 

2.上記判例における本件発明と主引用例と副引用例

・本件発明

 本件発明では、盗難防止対象物に取り付ける盗難防止タグが、暗号コードを一部に含む解除指示信号を受信し、解除指示信号に含まれる暗号コードが、記憶されている暗号コードと一致するかを判断し、一致する場合には、その警報出力状態を解除する。

 

・主引用例

 主引用例では、盗難防止タグが、コード信号を受信し,前記コード信号を受信したと判定したら、その警報動作を解除する。

 

・副引用例

 副引用例では、盗難防止用の付け札は、受信したコード信号が、記憶されているコード信号と一致しているかを判断し、一致している場合には、その警報動作を解除する。

 

3.主引用例に副引用例を適用した構成と本件発明との共通点および相違点

 共通点:主引用例に副引用例を適用して得られる構成では、盗難防止タグが、コード信号を受信し、コード信号が、記憶されているコード信号と一致するかを判断し、一致する場合には、その警報出力状態を解除する点で、本件発明と共通する。

 相違点:主引用例への副引用例の適用では、本件発明の事項A「解除指示信号の一部に暗号コードが含まれている」には至らない。

 

3.判示事項

 周知技術「信号がコードを一部に含み,この信号に含まれるコードについて一致判断をする」に基づいて、主引用例に副引用例を適用して得られる構成を変更して上記事項Aに至るようにすることは、通常、容易ではなく,副引用例の構成を変更することの動機付けについて慎重に検討すべきであるとされた。

 これについて、次の「」内は、上記判決からの抜粋です。

 

上記判決からの抜粋:

「引用発明Aに引用例3事項を適用しても,相違点2に係る本件訂正発明8の構成に至らないところ,さらに周知技術を考慮して引用例3事項を変更することには格別の努力が必要であるし,後記(ウ)のとおり,引用例3事項を適用するに当たり,これを変更する動機付けも認められない。主引用発明に副引用発明を適用するに当たり,当該副引用発明の構成を変更することは,通常容易なものではなく,仮にそのように容易想到性を判断する際には,副引用発明の構成を変更することの動機付けについて慎重に検討すべきであるから,本件審決の上記判断は,直ちに採用できるものではない。」

 

 より詳しくは、次のように判断された。

 周知技術に基づく上記変更で、さらに,何らかの効果が得られるかは不明であり、当該変更により、副引用例が目的としている効果が失われてしまう。すなわち、副引用例では、コード信号である終了メッセージの時間スロット数が固定されていることにより、他の信号との識別が可能となっているのに、終了メッセージの時間スロット数を増やして、終了メッセージの一部にコード信号が含まれるようにすると、他の信号とコード信号との識別ができなくなってしまう。

 

弁理士 野村俊博

進歩性 請求項において構成に関する記載により引例との相違が明確にならない場合には、引例と異なる技術的意義を請求項に記載することもできる。

進歩性 請求項において構成に関する記載により引例との相違が明確にならない場合には、引例と異なる技術的意義を請求項に記載することもできる。

 

判例No32 平成29年(行ケ)第10001号 審決取消請求事件

以下は、独自の見解です。

 

1.判例の概要

 本件発明(特願2014-116674号の請求項1に係る発明)における構成要素A「支柱が貫通する筒状の基礎体」が、引例(実開昭63-59973号)における構成要素a「支柱が貫通するパイプ」に対応する(と異なる)か否かが争われた。

 

 請求項1の記載からは、「筒状の基礎体」の技術的意義が不明確であるため、明細書を参酌して、その技術的意義が解釈された。

 その結果、構成要素Aは、当該技術的意義を有しない構成要素aには対応しないとして拒絶審決が取り消された。すなわち、本件発明の「筒状の基礎体」は引例の「パイプ」と異なるとして、拒絶審決が取り消された。

 

2.考察

 上記判例では、本件発明の「筒状の基礎体」の構成が、引例の「パイプ」の構成と異なることを、請求項1において表現するのは、かなり難しそうに思えた。本件発明の「筒状の基礎体」と引例の「パイプ」は、いずれも筒状であり、しかも、地中において、その内側にいずれも土や砂が充填されるようになっているからである。本件発明の「筒状の基礎体」の内側には土が充填され、引例の「パイプ」の内側において支柱との隙間に砂が充填されるようになっている。

 このように、請求項1における構成の表現により、「筒状の基礎体」が引例の「パイプ」と相違することを明確にするのが困難であったため、審査と審判で特許査定が得られなかった印象を受けた。

 

 上記判例では、本件発明の「筒状の基礎体」の技術的意義が引例の「パイプ」と異なることにより、両者が互いに異なるとされたので、請求項において、技術的意義を請求項に記載する補正も有効であると思う。これにより、特許庁での審査段階又は審判段階でスムーズに特許される可能性が高まるように思える。引例と構成が同じであっても、異なる技術的意義、機能又は目的が請求項に記載されていたことによって特許となった判例には、例えば次の3つがある。

進歩性 構成が同じでも機能が異なれば特許になる(物の発明)。 - hanreimatome_t’s blog

進歩性 使用時の状態の相違 目的の特定 - hanreimatome_t’s blog

進歩性 機能で進歩性が認められる。 - hanreimatome_t’s blog

 上記判例では、「筒状の基礎体」の技術的意義が、「支柱の荷重を地盤に伝え,地盤から抵抗を受ける」ことであると判断されたので、上記判例の場合には、「筒状の基礎体は、支柱の荷重を地盤に伝え,地盤から抵抗を受ける」というような記載を審査段階で請求項1に追加する補正も、スムーズな権利化の観点から有効であるように思える。

 

弁理士 野村俊博

権利範囲 請求項において明確な用語も明細書を参酌して解釈される。

権利範囲 請求項において明確な用語も明細書を参酌して解釈される。

 

判例No. 31 平成18年(ネ)第10007号損害賠償請求控訴事件

 

以下は、上記判例について検討した独自の内容です。

 

1.実務上の指針

 侵害訴訟の場面では、特許発明の権利範囲に関して、特許請求の範囲に記載された用語の意義は、下記(1)の場合だけでなく、下記(2)の場合でも、明細書及び図面を考慮して解釈される。

 

(1)特許請求の範囲に記載された用語が、特定の意味で使用されている抽象的かつ機能的な表現であるため,その技術的意義が当業者にとって理解できない場合

 

(2)特許請求の範囲の文言が一義的に明確である場合

 

 上記(2)のように、特許請求の範囲の文言が一義的に明確であるか否かにかかわらず、特許請求の範囲の用語の意義は、明細書及び図面を考慮して解釈されるので、特許請求の範囲で使用する用語の定義や関連の記載を、当該用語が希望の権利範囲内となるように記載しておく。

 特に、権利範囲の解釈に発明の課題及び作用効果が参酌されるので(権利範囲の解釈に発明の課題及び作用効果が考慮される - hanreimatome_t’s blog)、当該課題を解決し当該作用効果を得るための最小の必須要件を慎重に検討して確認し、当該最小の必須要件に関連させながら、請求項の文言(用語や表現)についての説明や定義を明細書に記載する。

 例えば、「透液性」という用語は、液体を少しでも透過させれば、透液性を有するのか否かが理解できないので、明細書の記載(例えば実施例)を参酌して必要以上に限定解釈される可能性が高いと思われる。そのため、どの程度の透液性であれば、発明の課題を解決し発明の作用効果が得られるのかを、明細書に記載しておく。例えば、明細書において、透液性を、課題及び作用効果と関連させて記載する。可能であれば、更に、意図する権利範囲となるような透液性を表す数値範囲を一例として明細書に記載しておく。

 

2.上記判例の判示事項の独自解釈

 上記判例では、請求項1の用語「読出順序データ」が明細書を参酌して限定解釈された結果、被製品が請求項1の権利範囲外となった。

 次の「」内は、上記判例からの抜粋です。

 

「当該特許発明の特許請求の範囲の文言が一義的に明確なものであるか否かにかかわらず,願書に添付した明細書の発明の詳細な説明の記載及び図面を考慮して,特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈すべきものと解するのが相当である。」

 

弁理士 野村俊博

進歩性 本件発明と主引用例とで、課題の相違により構成要素の大きさや強度などが相違するといえる場合、当該課題を解決する本件発明の発明特定事項は、容易に想到できたものではない。

進歩性 本件発明と主引用例とで、課題の相違により構成要素の大きさや強度などが相違するといえる場合、当該課題を解決する本件発明の発明特定事項は、容易に想到できたものではない。

 

判例No30 平成21年(ネ)第10028号特許権侵害差止等請求控訴事件

 

 以下は、独自の見解です。

 

1.実務上の指針

 対象発明が次の(1)と(2)の場合には、(2)を理由として、次の(3)を主張することにより、対象発明の進歩性が認められる可能性が高い。

 

(1)対象発明の請求項に記載により特定される事項Aは、主引用例との相違点となる。

(2)上記事項Aから対象発明の課題を解釈でき、この課題が主引用例の発明の課題と異なることにより、上記事項Aに含まれる構成要素の大きさや強度などの構造にも、主引用例との違いが生ずる。

(3)上記事項Aは、当業者にとって適宜考慮し得る単なる設計事項ということはできず、事項Aを埋めるような副引用例の適用も容易でない。

 

2.上記判例の本件発明について

 本件発明は、特許第第3499754号の発明であり、その請求項1は、次の「」内の通りです。

 

「【請求項1】基礎コンクリートに固定されたテツダンゴ上に載置され、かつ、複数のアンカーボルトおよびこれらに螺合された複数のナットを介して前記基礎コンクリートに仮止めされたベースプレートを有する鉄骨柱の建入れ直し装置であって、上部および下部を有するフレームと、該フレームの上部を貫通し前記フレームの下部に向けて伸びるボルトと、前記フレームの上部およびその下部間に配置されかつ前記ボルトに螺合され、前記ボルトの軸線方向にのみ移動可能であるナットとを含み、前記ナットの上方に前記ベースプレートの縁部を配置可能である、鉄骨柱の建入れ直し装置。」

 

3.本件発明との相違点

本件発明と主引用例(乙1発明:特開昭60-112597号公報)とは,『本件発明は「基礎コンクリートに固定されたテツダンゴ上に載置され,かつ,複数のアンカーボルトおよびこれらに螺合された複数のナットを介して前記基礎コンクリートに仮止めされたベースプレートを有する鉄骨柱の建入れ直し装置」(構成要件A及びF)であるのに対し,乙1発明は「地面からの車両ホイスト」である点』で相違する。

ここで、『』内は、上記判例からの抜粋です。

 

4.判例の独自解釈

 以下は、上記判例を独自に解釈した内容です。

 本件発明では、請求項1の記載から、ベースプレートの重量は、主にテツダンゴにより支持され、ナットは、ベースプレートの傾きを調節するために、ベースプレートの縁部を上下位置調節可能に支持すると解釈できる。

 これに対し、主引用例では、チャリオット(本件発明のナットに対応)により、車両の全重量を支持して、車両を持ち上げる。

 したがって、主引用例には、車両(本件発明のベースプレートに対応)の傾きを調節するという課題が記載されていない。そうすると、主引用例におけるチャリオットに関する大きさや強度などの構造は、本件発明において、ベースプレートの重量の一部のみを支持するナットに関する大きさや強度などの構造と異なる。

 よって、上記相違点に係る本件発明の事項は、当業者にとって適宜考慮し得る単なる設計事項でなはなく、当該事項を埋めるような副引用例の適用も容易でない。

 

弁理士 野村俊博

進歩性 一体不可分の複数の構成から一部の構成だけを分離するのは、容易でない。

進歩性 一体不可分の複数の構成から一部の構成だけを分離するのは、容易でない。

判例No.29 平成22年(行ケ)第10162号 審決取消請求事件


1.実務上の指針
 対象発明の進歩性が、次の(1)により否定されている場合に、次の(2)に該当すれば、次の(3)の主張ができる。

 なお、対象発明の進歩性が、次の(1)により否定されている場合に、次の(2’)に該当する場合でも、次の(3)の主張ができると思う。


(1)主引用例に周知技術の構成Aを適用することで、本発明に容易に想到できる。
(2)主引用例に適用する周知技術の構成Aは、周知技術における他の構成Bにより必然的に生じるので、当該周知技術における他の構成Bと一体不可分である(下線部は、上記判例に基づいている)。

(2’)主引用例に適用する周知技術の構成Aは、当該周知技術における他の構成Bと一体不可分である。

(3)周知技術における一体不可分の複数の構成から、一部の構成のみを分離して、主引用例に適用することは容易でない。

 上記(3)の主張により、対象発明の進歩性が認められる可能性が十分にある。

 上記に関連する別の判例は、判例No14(進歩性 引用例において、ひとまとまりの構成の一部のみを把握することはできない。 - hanreimatome_t’s blog)を参照。

 

2.上記判決の内容
2.1 本件発明と主用例との相違点
 『本件発明1では,前記皮革パネルの周縁部が「折り曲げられ」ものであって,前記「曲げ部」が「折り曲げ部」であるのに対して,引用発明1では,前記皮革パネルの周縁部は「折り曲げられ」たものではなく,前記「曲げ部」は「折り曲げ部」ではない点。』
 ここで、『』内は上記判決文からの抜粋です。

 なお、本件発明1は、特許第4155708号の請求項1に係る発明であり、その記載は、次の通り。
「【請求項1】
圧搾空気が封入された球形中空体の弾性チューブと,
該チューブ表面全面に形成された補強層と,
該補強層上に直接またはカバーゴム層を介して接着された複数枚の皮革パネルとを備えた球技用ボールにおいて,
前記皮革パネルは,その周縁部が前記弾性チューブ側に折り曲げられる折り曲げ部を有し,前記皮革パネルの折り曲げ部にて囲まれた前記皮革パネルの裏面に,厚さを調整する厚さ調整部材が接着せしめられ,
前記皮革パネルの折り曲げ部に設けられる接合部において,隣接する皮革パネルと接着されてなる球技用貼りボール。」
 引用発明1は、主引用例である仏国特許出願公開第2443850号明細書に記載されたものである。

2.2 周知技術の内容
 周知の縫いボールでは、隣接する皮革パネル同士の周縁部は、折り曲げられており(構成A)、かつ、互いに縫い合わされている(構成B)。

2.3 判示事項の独自解釈と、判示事項の抜粋
 周知技術において、構成Aは、構成Bにより必然的に生じるので、構成Bと一体不可分である。
 したがって、周知技術における一体不可分の複数の構成A,Bから、一部の構成Aのみを分離して、主引用例に適用することは容易でない。

 次の『』内は、上記判例における裁判所の判断からの抜粋です。
『縫いボールにおいて,「折り曲げ」は,縫うことによって必然的に生じるものであり,両者は一体不可分の構成ということができる。したがって,折り曲げ部を有する縫いボールが周知であるとしても,このうち折り曲げる構成のみに着目し,これを縫いボールから分離することが従来から知られていたとは認められず,これが容易であったということもできない。』

 

弁理士 野村俊博

進歩性 機能で進歩性が認められる。

進歩性 機能で進歩性が認められる。

判例No.28  平成20年(行ケ)第10345号 審決取消請求事件

以下は独自の見解です。

 

1. 機能を考慮した進歩性の判断

 次の(a)(b)の場合に、次の(c)に該当すれば、対象の発明の進歩性が認められる可能性が高い。

 

(a)対象の発明において、特定の構成により、特定の機能が得られる。

(b)「当該構成に対応する構成が副引用例に記載されている。

(c)上記機能は、主引用例にも副引用例にも記載されていない。

 

 ただし、請求項の記載において、上記機能が得られることが明確になっている必要があると思う。例えば、請求項において、上記機能自体を明記し、または、上記機能を得るための、複数の構成要素同士の関係を明記する必要があると思う。上記判例での特許第3806396号の請求項1には、上記機能自体(後述の構成1)も、上記機能を得るための、複数の構成要素同士の関係(後述の関係2)も記載されている。

 

 特許第3806396号の請求項1は次の通りです。下線はここで付しました。最初の下線は、構成要素同士の関係の記載であり、二番目の下線は、機能自体の記載です。

「【請求項1】椅子本体の両肘掛部の上面適所に人体手部を各々載脱自在でこれらに空圧施療を付与し得るよう,椅子本体の両肘掛部に膨縮袋を各々配設し,且つ各膨縮袋に圧縮空気給排装置からの給排気を伝達するホースを各々連通状に介設してなる圧縮空気給排気手段を具備させた手揉機能付用施療機であって,該手揉機能付用施療機の各肘掛部は,肘幅方向外側に弧状形成された立上り壁を立設して,肘掛部の上面をこの弧状の立上り壁で覆って人体手部の外面形状に沿う形状の肘掛部に各々形成されており,且つ,前記立上り壁の内側部には膨縮袋を配設すると共に,前記肘掛部の上面に二以上の膨縮袋を重合させた膨縮袋群を配設して,前記肘掛部の上面に配設した膨縮袋群は,圧縮空気給排装置からの給気によって膨縮袋の肘幅方向の外側一端よりも内側他端が立ち上がるように配設され,前記膨縮袋群の内側他端の立ち上がりによって肘掛部上面の肘幅方向内側の先端部を隆起させ肘掛部上に人体手部を安定的に保持させて,立上り壁内側部に配設された膨縮袋と肘掛部の上面に配設された膨縮袋群とを対設させた膨縮袋間で人体手部に空圧施療を付与させるようにした事を特徴とする手揉機能付施療機。」

 

2.上記判例についての独自解釈と判示事項

2.1 独自解釈

 本件発明(特許第3806396号の請求項1)では、手揉機能付施療機において、次の構成1と構成要素同士の関係2により、次の機能3が得られる。

 

構成1:肘掛部において「肘幅方向外側に弧状形成された立上り壁を立設し」

構成要素同士の関係2:「前記立上り壁の内側部には膨縮袋を配設すると共に・・・肘掛部の上面に配設した膨縮袋群は,圧縮空気給排装置からの給気によって膨縮袋の肘幅方向の外側一端よりも内側他端が立ち上がる」→立上り壁の内側部の膨縮袋と、肘掛部の上面に配設した膨縮袋群とで人体手部を挟持して、次の機能3が得られると解される。

機能3:「肘掛部上に人体手部を安定的に保持させ」が得られる

 ここで、各「」内の記載は、本件特許第3806396号の請求項1からの抜粋です。

 

 主引用例(特開2001-204776号公報)には、上記構成1と構成要素同士の関係2と機能3のいずれも記載されていない。

 副引用例(特開昭50-136994号)には、上記構成1は記載されているが、構成要素同士の関係2と機能3は記載されていない。

 

2.2 判示事項

 これについて、上記判例では、次のように判断されていると解する。

 機能について格別の検討をすることなく,専ら,上記構成1の立上り壁などの形状に着目して,本件発明が容易に想到できるとした審決は誤りである。

 

 これに関する次の「」内は、上記判例からの抜粋です。

「審決は,その事実認定を前提として,引用発明1の外側壁を『湾曲状に形成された立上り壁』とするとともに,「外側壁に対向する対向面を『肘掛部の上面』とし,各肘掛部を『肘掛部の上面をこの湾曲状の立上り壁で覆って人体手部の外面形状に沿う形状に形成』することについて,容易に想到できたとの結論を導いたものであるから,その判断にも誤りがあるというべきである。

すなわち,審決は,相違点1に係る構成に関し,その機能について格別の検討をすることなく,専ら,立上り壁と肘掛部上面の形状に着目して,容易想到であると判断した。」

 

3.請求項の記載の検討

 請求項に係る発明において、特定の機能が必須のものである場合には、当該機能が得られることを請求項で明確にしておくことにより、発明の進歩性が認められる可能性が高まると思う。

 すなわち、どの引用例にも、その機能が記載されておらず、単に組み合わせるだけでは当該機能を有するような構成に至らない場合には、複数の引用例から請求項に係る発明に容易に想到できないと言える可能性が高い。例えば、主引用例に副引用例の部材を適用する場合に、当該部材の形状を変更しなければ上記機能が得られない場合には、これらの引用例から請求項に係る発明に容易に想到できないと言えると思う。

 このような場合に、請求項において、上記機能自体を明記し、または、上記機能を得るための、複数の構成要素同士の関係を明記することにより、当該機能を進歩性の根拠にできると思う。

 

弁理士 野村俊博

進歩性 周知技術の上位概念化

進歩性 周知技術の上位概念化

 

判例No. 27 平成28年(行ケ)第10220号 審決取消請求事件

1.周知技術の上位概念化

1.1 実務上の指針1

 周知技術を上位概念化した内容に基づいて、発明の特徴が設計的事項であるとされている場合には、この論理は不適切であるので、その旨を主張する。これにより、発明の進歩性が認められる可能性がある。

 

1.2 実務上の指針2

 このような上位概念化は、本願発明の進歩性を否定するために本願発明の内容に引きずられてなされてしまうことによると思われる。

 これについて、特許庁の審査基準には、次の「」内の記載がある。

「請求項に係る発明の知識を得た上で、進歩性の判断をするために、以下の(i)又は(ii)のような後知恵に陥ることがないように、審査官は留意しなければならない。

(i) 当業者が請求項に係る発明に容易に想到できたように見えてしまうこと。

(ii) 引用発明の認定の際に、請求項に係る発明に引きずられてしまうこと」

 

 そのため、発明の進歩性を否定するためになされた周知技術の認定に誤りがないかを確認する。

 

1.3 判例の独自解釈

 上記判例を独自に解釈すると、上記判例では、以下のことが示されている。

 周知技術を示す文献には、特定の従業員情報である従業員勤怠情報(例えば,出社の時間,退社の時間,有給休暇等)」の入力及び変更が可能な従業者の携帯端末機が記載されていると認められる。

 しかし、この内容を上位概念化した「従業員に関連する従業員情報全般の入力及び変更が可能な従業者の携帯端末機」は、周知技術を示す文献には開示も示唆もされていない。

 したがって、このような上位概念化した周知技術の内容を前提とした審決の認定判断「従業員にどの従業員情報を従業員端末を用いて入力させるかは,当業者が適宜選択すべき設計的事項である」は認められない。

 

2.主引用例への周知技術の動機付けが無い旨を主張する場合には、請求項の補正は不要である。

2.1 実務上の指針

 主引用例への周知技術の適用が容易でない旨を主張する場合には、次の(1)のように対応可能である。

(1)本件発明の請求項を補正しなくてもよい。

 

2.2 判例の独自解釈

 上記判例を独自に解釈すると、上記判例では、以下のことが示されている。

 

 本件発明の給与計算方法(詳しくは、下記の請求項1を参照)では、次の発明特定事項により、次の効果が得られる。

 

 発明特定事項:

「各従業員の給与計算に用いる従業員情報が、各従業員が入力を行うためのウェブページを各従業員の従業員端末のウェブブラウザ上に表示させて入力された,給与計算を変動させる従業員入力情報を含む」

 当該「」内の記載は、特願2014-217202号の請求項1からの抜粋です。

 

 効果:

「従業員入力情報(例えば、扶養者数のほか,生年月日,入社日,勤怠情報)を従業員が入力するようにしたので、給与計算担当者を煩雑な作業から解放できる」

 

 上主引用例には、上記の効果と、これを得るための発明特定事項が記載されていない。すなわち、主引用例は、税理士や社会保険労務士のような専門知識を持った複数の専門家が,給与計算やその他の処理を円滑に行うことができるようにしたものである。

 したがって、主引用例において、専門家端末から従業員の扶養者情報を入力する構成に代えて,各従業員の従業員端末から当該従業員の扶養者情報を入力する構成(すなわち、上記発明特定事項に含まれる構成)とするように当業者は動機付けられない。

 

2.3 上記判示事項のように進歩性を主張する場合

 上記2.2のように主張する場合には、当該主張は、本件発明の上記発明特定事項が周知技術と同じであるとしても成り立つので、本件発明の請求項を補正する必要はない。

 

弁理士 野村俊博

 

 次の「」内の記載は、特願2014-217202号の請求項1の記載です。

「【請求項1】企業にクラウドコンピューティングによる給与計算を提供するため

の給与計算方法であって,/サーバが,前記企業の給与規定を含む企業情報及び前

記企業の各従業員に関連する従業員情報を記録しておき,/前記サーバが,前記企

業情報及び前記従業員情報を用いて,該当月の各従業員の給与計算を行い,/前記

サーバが,前記給与計算の計算結果の少なくとも一部を,前記計算結果の確定ボタ

ンとともに前記企業の経理担当者端末のウェブブラウザ上に表示させ,/前記確定

ボタンがクリック又はタップされると,前記サーバが,前記クリック又はタップの

みに基づいて該当月の各従業員の前記計算結果を確定させ,/前記従業員情報は,

各従業員が入力を行うためのウェブページを各従業員の従業員端末のウェブブラウ

ザ上に表示させて入力された,給与計算を変動させる従業員入力情報を含むことを

特徴とする給与計算方法。」