進歩性 阻害要因

進歩性 阻害要因

 

判例No.21 平成17年(ワ)第6346号損害賠償等請求事件

※以下は独自の見解です。

 

1.実務上の指針

 主引用例に副引用例の内容を適用することにより対象発明に想到する場合に、次の(1)が言える場合だけでなく、次の(2)が言える場合にも、上記適用に阻害要因があるとして、対象発明は、主引用例と副引用例に対し進歩性があると言えると考える。

 

(1)主引用例に副引用例の内容を適用すると、主引用例の目的を達成できなくなる。

(2)主引用例に副引用例の内容を適用すると、主引用例の目的の達成度が低下する。

 

2.本件発明の内容

 上記判例の特許(特許番号第1970113号)の請求項1は、次のように記載されている。なお、請求項1の特許発明による損害賠償請求が認められている。

 

「【請求項1】体液吸収体と、透水性トップシートと、非透水性バックシートとを有し、前記透水性トップシートと非透水性バックシートとの間に前記体液吸収体が介在されており、

前記体液吸収体の長手方向縁より外方に延びて前記透水性トップシートと前記非透水性バックシートとで構成されるフラップにおいて腰回り方向に弾性帯を有する使い捨て紙おむつにおいて、

前記弾性帯は弾性伸縮性の発泡シートであり、かつこの発泡シートが前記透水性トップシートと前記非透水性バックシートとの間に介在され、前記体液吸収体の長手方向縁と離間しており、

前記トップシートのバックシートがわ面において、体液吸収体端部上と発泡シート上とに跨がってその両者に固着されるホットメルト薄膜を形成し、

さらに前記離間位置において前記ホットメルト薄膜が前記非透水性バックシートに前記腰回り方向に沿って接合され、体液の前後漏れ防止用シール領域を形成したことを特徴とする使い捨て紙おむつ。」

 

3.阻害要因

 上記判例では、引用文献5(特開昭61-207606号公報)に記載の発明(引用発明5)に引用文献1(特開昭61-100246号公報)に記載の発明(引用発明1)を適用ことには阻害要因があるとされた。

 

 引用発明5では、使い捨て衣類(例えばおむつ)において、弾性要素を、互いに離間した複数の接合点で、衣類の層に結合している。これにより、「弾性要素が縮んだ状態にあるとき各接合点間で外層にミクロなたわみを生じるような伸縮構造を提供する」ことにより、引用発明5の目的「裁縫仕立ての外観を与える」を達成している(ここで「」内は、引用文献5からの引用です)。

 また、引用文献5には、『「ホットメルト薄層」が「吸収芯」上と「弾性要素」上とに跨ってその両者に固着されている構成が記載されている。』(ここで『』内は、上記判決文からの引用です)

 

 このような引用発明5のホットメルト薄層に、引用発明1におけるホットメルト不透水性被膜を適用すると、このホットメルト不透水性被膜は面状に塗布されるものであるので、互いに離間した複数の接合点を形成できなくなり、その結果、上記のたわみを形成できなくなる。したがって、引用発明5に引用発明1を適用すると、引用発明5の上記目的を達成できなくなるので、この適用には阻害要因がある。

 

 これについて自分で検討してみると、引用発明5において、弾性要素の全ての範囲ではなく、ホットメルト薄層の存在範囲においてだけ、上記目的が達成されなくなるように思う。すなわち、上記適用により上記目的の達成度が低下すると思う。よって、主引用例に副引用例の内容を適用すると、主引用例の目的を達成できなくなる場合だけでなく、主引用例の目的の達成度が低下する場合にも、この適用には阻害要因があるといえると思う。

 

 阻害要因について上記判例の記載は、次の『』内の通りです。

 『引用発明5において,弾性要素の接合点は,弾性要素の伸縮状態に応じて衣類の外側層にミクロなうね又はたわみを生じさせるために設けられている。したがって,仮に,引用発明5の「ホットメルト薄層」に,引用発明1の「上記透水性表面シートの吸収体側表面上の,上記吸収性物品の少なくとも幅方向中央領域に,上記表面シートとバックシートとの一体的接合部分から吸収体上に臨む位置に亘って延在するホットメルト不透水性被膜」を適用すれば,引用発明5の弾性要素と身体側ライナー72及び吸収性の芯22とが,不透水性被膜といえる程度に接着されることになるので,上記うね又はたわみを形成することができなくなる。したがって,引用発明5に引用発明1を組み合わせることには阻害要因がある。』

 

4.審査基準

 阻害要因について、特許庁の審査基準には、次の「」内の記載がある。

 

「阻害要因の例としては、副引用発明が以下のようなものであることが挙げられる。

(i) 主引用発明に適用されると、主引用発明がその目的に反するものとなるような副引用発明(例1)

(ii) 主引用発明に適用されると、主引用発明が機能しなくなる副引用発明(例2)

(iii) 主引用発明がその適用を排斥しており、採用されることがあり得ないと考えられる副引用発明(例3)

(iv) 副引用発明を示す刊行物等に副引用発明と他の実施例とが記載又は掲載され、主引用発明が達成しようとする課題に関して、作用効果が他の実施例より劣る例として副引用発明が記載又は掲載されており、当業者が通常は適用を考えない副引用発明(例4)」

 

上記の判例は、上記審査基準の(i)または(iv)に該当すると思う。

 

弁理士 野村俊博