権利範囲 請求項において機能又は作用効果のみによって表現された事項には、明細書及び図面の開示内容から当業者が実施できない構成は含まれない。広い権利範囲を確保するために、上位概念では共通するが、具体的構成では、互いに異なる技術的思想(アイデア)による構成を明細書や図面に記載する。

判例No. 41 平成17年(ワ)第22834号債務不存在確認等請求事件

 

権利範囲 請求項において機能又は作用効果のみによって表現された事項には、明細書及び図面の開示内容から当業者が実施できない構成は含まれない。広い権利範囲を確保するために、上位概念では共通するが、具体的構成では、互いに異なる技術的思想(アイデア)による構成を明細書や図面に記載する。

 

以下は、独自の見解です。

 

1.本件発明について

 本件発明では、係止体により、地震時に、扉がわずかに開いた位置を越えて開くことを許容しない状態を保持し、地震のゆれがなくなると、扉が開くことを許容する。

 すなわち、本件発明は、特許第3650955号の請求項1において、次のように特定されている。

 

「【請求項1】

 地震時に扉等がばたつくロック状態となるロック方法において棚本体側に取り付けられた装置本体の扉等が閉じられた状態からわずかに開かれるまで当たらない係止体が地震時に扉等の開く動きを許容しない状態になり,前記係止体は扉等の戻る動きとは独立し扉等の戻る動きで解除されず地震時に扉等の開く動きを許容しない状態を保持し,地震のゆれがなくなることにより扉等の戻る動きと関係なく前記係止体は扉等の開く動きを許容して動き可能な状態になる扉等の地震時ロック方法。」

 

 下線部は、本判決における争点となった構成要件Dであり、ここで付した。

 

2.争点

 対象製品が、上記請求項1における構成要件D「地震のゆれがなくなることにより扉等の戻る動きと関係なく前記係止体は扉等の開く動きを許容して動き可能な状態になる」を充足するか否かが争点になった。

 

3.本件発明の具体的構成

 本件発明について、その明細書と図面には、次の構成が記載されている。

 地震時に、球が、地震の揺れにより第1領域へ転動して、係止体を押して扉に係合させる係合位置へ揺動させる。これにより、係止体は、扉の開く動きを許容しない。

 また、球の案内路の形状により、球は、地震の揺れが扉を開く方向である時には扉が開くよりも早く第1領域へ移動し、地震の揺れが扉を閉じる方向である時にはゆっくりと、係止体から離間する第2領域の側へ移動する。これにより、地時の揺れが継続している間は、球は第1領域にあり、係止体は、扉の開く動きを許容しない係合位置に保持される。

 地震がなくなると、球は、自重で案内路に沿って転動して、第2領域に移動し、その結果、係止体は、自重で揺動して扉から離間する。これにより、係止体は、扉の開く動きを許容する。すなわち、上記構成要件D「地震のゆれがなくなることにより扉等の戻る動きと関係なく前記係止体は扉等の開く動きを許容して動き可能な状態になる」が達成される。

 

4.対象製品(原告製品)の構成

 対象製品では、本件発明の具体的構成の球の代わりに、2つの感震体(倒立分銅)を用いている。各感震体は、地震の揺れにより転がり、係止体を押して揺動させ扉に係合させる係合位置へ移動させる。これにより、係止体は、扉の開く動きを許容しない。

 2つの感震体は、地震時に互いに異なる周期で揺れるので、一方の感震体が係止体から離間する離間位置に揺動しても、他方の感震体が係止体を押して係合位置に保持する位置に揺動している。これにより、地震の揺れが継続している間は、少なくともいずれかの感震体により、係止体は係合位置に保持される。

 地震がなくなると、いずれの感震体も、自重で、係止体を扉に係合させない元の離間位置に戻り、これにより、係止体は、扉の開く動きを許容する。すなわち、上記構成要件D「地震のゆれがなくなることにより扉等の戻る動きと関係なく前記係止体は扉等の開く動きを許容して動き可能な状態になる」が達成される。

 

5.対比

 上述のように、本件発明の具体的構成は、揺れの向きに応じて球の転動速度を変えるという技術的思想(アイデア)で、上記構成要件Dを達成しているのに対し、対象製品は、2つの感震体が異なる周期で揺動するという異なるアイデアで、上記構成要件Dを達成している。

 

 本件発明の明細書や図面には、揺れの向きに応じて球の転動速度を変えるための、球の案内路について、多数のバリエーションが記載されているが、対象製品の構成(2つの感震体)は記載されていない。

 

6.判示事項の独自解釈

 請求項において機能又は作用効果のみによって表現された事項には、明細書及び図面の開示内容から当業者が実施できない構成は含まれない。

 

 請求項において機能又は作用効果のみによって表現された事項の技術的範囲は、明細書及び図面に開示されている具体的な構成に示されているアイデア(技術思想)に基づいて確定される。

 

 本件発明の明細書及び図面には、揺れの向きに応じて球の転動速度を変えるというアイデアによる具体的構成だけが開示されている。

 すなわち、本件発明の明細書及び図面には、2つの感震体が異なる周期で揺動するという異なるアイデアによる具体的構成は開示されていない。

 したがって、上位概念(構成要件D)では、本件発明と、対象製品は共通していても、下位概念(具体的構成)では、本件発明のアイデアと対象製品のアイデアは相違している。

 そうすると、本件発明の構成要件Dの技術的範囲は、その具体的構成のアイデアに基づくものであり、これと異なるアイデアの対象製品の構成を含まない。

 

 これについて、以下の『』内は上記判決からの抜粋です。なお、以下の下線は新たに付しました。

 

『構成要件Dは、本件発明の目的そのものを記載したものであり、機能又は作用効果のみを表現しており,本件発明の目的を達成するために必要な具体的な構成を明らかにするものではない。

 特許請求の範囲に記載された発明の構成が機能的,抽象的な表現で記載されている場合において,当該機能ないし作用効果を果たし得る構成であればすべてその技術的範囲に含まれると解すると,明細書に開示されていない技術思想に属する構成まで発明の技術的範囲に含まれ得ることになり,出願人が発明した範囲を超えて特許権による保護を与える結果となりかねないが,このような結果が生ずることは,特許権に基づく発明者の独占権は当該発明を公衆に対して開示することの代償として与えられるという特許法の理念に反することとなる。したがって,特許請求の範囲が上記のような表現で記載されている場合には,その記載のみによって発明の技術的範囲を明らかにすることはできず,上記記載に加えて明細書の発明の詳細な説明及び図面の記載を参酌し,そこに開示された具体的な構成に示されている技術思想に基づいて当該発明の技術的範囲を確定すべきである。具体的には,明細書及び図面に開示された構成及びそれらの記載から当業者が実施し得る構成が当該発明の技術的範囲に含まれると解するのが相当である。』

 

7.実務上の指針

 請求項において機能又は作用効果のみによって表現された事項の技術的範囲を広く確保するために、その具体的構成を、互いに異なるアイデア(技術的使用)の観点から記載できるかどうかを検討する。

 すなわち、互いに異なるアイデアに基づく複数の具体的構成を明細書や図面に記載しておく。

 

なお、権利範囲に関する過去のブログには、次のものがあります。

権利範囲の解釈に発明の課題及び作用効果が考慮される - hanreimatome_t’s blog

権利範囲 請求項において明確な用語も明細書を参酌して解釈される。 - hanreimatome_t’s blog

 

弁理士 野村俊博