進歩性:主引用例において、ある構成を採用すると問題が生じかねず、当該問題を解消するために改良が必要になる場合には、当該構成をあえて採用する動機づけがあるとはいえない。

判例No.61 令和2年(行ケ)第10115号 審決取消請求事件

 

進歩性:主引用例において、ある構成を採用すると問題が生じかねず、当該問題を解消するために改良が必要になる場合には、当該構成をあえて採用する動機づけがあるとはいえない。

 

 以下は、上記判例に関する独自の見解です。

 

 主引用例において、ある構成を採用すると問題が生じかねず、当該問題を解消するために改良が必要になる場合には、当該構成をあえて採用する動機づけがあるとはいえない。

 

1.本件発明について

 本件発明は、次の括弧内の請求項1の通りです。次の括弧内は、上記判決文からの抜粋です。

 

「【請求項1】

 ハンドルの先端部に一対のボールを,相互間隔をおいてそれぞれ一軸線を中心に回転可能に支持した美容器において,

 往復動作中にボールの軸線が肌面に対して一定角度を維持できるように,ボールの軸線をハンドルの中心線に対して前傾させて構成し,

 一対のボール支持軸の開き角度5 を65~80度,一対のボールの外周面間の間隔を10~13mmとし,

 前記ボールは,非貫通状態でボール支持軸に軸受部材を介して支持されており,

 ボールの外周面を肌に押し当ててハンドルの先端から基端方向に移動させることにより肌が摘み上げられるようにした

ことを特徴とする美容器。」

 

2.主引用例(仏国特許出願公開2891137号明)との相違点

 主引用例(上記判決文では甲1)は、本件発明の一対のボールとハンドルにそれぞれ対応する一対のボールとハンドルを備える美容器である。

 しかし、ハンドルの形状が、主引用例と本件発明とで相違する。すなわち、主引用例では、ハンドルは球状であるのに対し、本件発明では、ハンドルは先端と基端を有する形状(例えば長尺形状)であり、ハンドル中心軸に対してボールの軸線が前傾している点で、両者は相違する。

 

 次の各「」内は、主引用例(甲1)と本件発明との相違点1,3に関する上記判決文からの抜粋です。

 

「1 一対のボールを回転可能に支持しているのは,本件発明では,ハンドルの先端部であるのに対して,甲1発明では,先端部であるか不明でる点。」

「3 本件発明では,往復動作中にボールの軸線が肌面に対して一定角度を維持できるように,ボールの軸線をハンドルの中心軸に対して前傾させて構成しているのに対して,甲1発明では,そのような構成を有するか明らかでない点。」

 

3.進歩性の判断

 主引用例において、本件発明のように、ハンドルを長尺状のものとし、その先端部に2つの球を支持する構成を採用すると、球状のハンドルと比較して傾けられる角度に制約があるために進行方向に傾けて引っ張る際にハンドルの把持部と肌が干渉して操作性に支障が生じかねない。

 こうした操作性を解消するために長尺状の形状を、改良する必要がある。例えば本件発明のようなハンドルの形状を採用する必要がある。

 したがって、主引用例のハンドルをあえて長尺状のものとする動機付けがあるとはいえない。

 その結果、主引用例から本件発明に容易に想到できたとした審決が取り消されている。

 

 以下の「」内は、進歩性の判断に関する上記判決文の抜粋です。なお、「」内において下線は、ここで付しました。

「甲1には,甲1発明のマッサージ器具は,ユーザがハンドル(1)を握り,これを傾けて,ハンドルに2つの軸で固定された2つの回転可能な球を皮膚に当てて回転させると,球が進行方向に対して非垂直な軸で回転することにより,球の対称な滑りが生じ,球の間に拘束されて挟まれた皮膚を集めて皮膚に沿って動き,引っ張る5 代わりに押圧すると,球の滑りと皮膚に沿った動きによって皮膚が引き伸ばされることが開示されているところ,こうした2つの球がハンドルに2つの軸に固定され,2つの軸が70~100度をなす角度で調整された甲1発明において,球が進行方向に対して非垂直な軸で回転し,球の間に拘束されて挟まれた皮膚を集めて皮膚に沿った動きをさせるためには,ハンドルを進行方向に向かって倒す方向に傾けることが前提となる。

 ハンドルが球状のものであれば,後述するハンドルの周囲に軸で4個の球を固定した場合を含めて,把持したハンドル(1)の角度を適宜調整して進行方向に向かって倒す方向に傾けることが可能である。しかし,ハンドルを長尺状のものとし,その先端部に2つの球を支持する構成とすると,球状のハンドルと比較して傾けられる角度に制約があるために進行方向に傾けて引っ張る際にハンドルの把持部と肌が干渉して操作性に支障が生じかねず,こうした操作性を解消するために長尺状の形状を改良する(例えば,本件発明のように,ボールの軸線をハンドルの中心軸に対して前傾させて構成させる(相違点3の構成)。)必要が更に生じることになる。そうすると,甲1の中央ハンドルを球に限らず「任意の形状」とすることが可能であるとの開示があるといっても,甲1発明の中央ハンドルをあえて長尺状のものとする動機付けがあるとはいえない。

 

弁理士 野村俊博