進歩性:構成要素の置換であっても、置換前後の要素には能動的か受動的かという技術的性質の相違があり、置換によって当業者が予測し得ない効果が得られる場合には、その置換は容易に想到できない。
判例No. 70 平成23年(行ケ)第10221号 審決取消請求事件
(STED走査型顕微鏡検査における照明用光源装置の発明に関する審決取消訴訟)
進歩性:構成要素の置換であっても、置換前後の要素には能動的か受動的かという技術的性質の相違があり、置換によって当業者が予測し得ない効果が得られる場合には、その置換は容易に想到できない。
以下は、上記判決に関する独自の見解です。
1.独自解釈による判決要旨
引用例2においてDyeLaserを中間素子に置換すると、本件発明と同様の構成となる。
しかし、DyeLaserは能動的にレーザ光を発振するレーザ光源であるのに対し、中間素子は受動的に波長を変換する素子である点で、両者の技術的性質は異なる。
更に、DyeLaserを中間素子に置き換えることにより、後述の「引用例から予測できない効果」が得られる。
そのため、当該置換は引用例から容易に想到できるものではなく、本件発明には進歩性が認められる。
2.本件発明と引用との対比
(本件発明と引用例1、2との共通点)
第1の光線を試料の第一合焦領域に照射することで第一合焦領域に蛍光を生じさせる。また、第2の光線を試料における第二合焦領域に照射し、第一合焦領域と第二合焦領域との重畳領域において、第1の光線によって励起された領域(この領域の分子)が第2の光線により誘導されて基底状態に戻されることで蛍光が生じなくなる。
(共通点による効果)
重畳領域において、第2の光線により誘導放射が生じない領域(第一合焦領域よりも狭い領域)においてのみ蛍光が生じる。その結果、蛍光観察における空間分解能が向上する。
(相違点)
第1及び第2の光線を生成するために使用する発振源(レーザ発振器に対応)の数は、本件発明では1つのみであるが、引用例2では(引用例1でも)複数である。
これについて、本件発明では、1つの発振源からの光線を2つの光線に分割し、一方の光線を第1の光線とし、他方の光線は中間素子を通過する過程で波長が変化して第2の光線になる。この中間素子は、新たに光を生成しないので、発振源に該当しない。」
(引用例から予測できない効果:相違点に係る本件発明の構成による効果)
「従来技術では通常2つの高価なレーザー発振器が必要であり,正確な調整が必要であったのを、1つの発振源で足りるようにするとともに,顕微鏡の照明装置の構成を単純,低価格で,調節が容易で安定的に動作するものとし,さらに発振源をパルスレーザーとするときには複数の発振間の同期化を省略できる。」
弁理士 野村俊博
権利範囲 出願時でも審査の過程でも、必要がない場合には、独立請求項には、可能な限り、発明を特定することに使用する「しきい値」について数値限定をしないのがよい。そのために、しきい値などの数値は、使用環境などに応じて適宜に設定可能である旨を明細書に記載し、その数値例などを明細書などに複数記載し、審査において独立請求項のしきい値が不明確と拒絶されてとしても、独立請求項でしきい値を特定の数値に限定することなく意見書で不明確でない旨を説明し、更に正式な応答前に審査官に意見書案をみてもらう対応をとるのがよい。
判例No. 69 令和6年(ネ)第10084号 特許権侵害差止等請求控訴事件 (遠隔操縦無人ボート」事件)
権利範囲 出願時でも審査の過程でも、必要がない場合には、独立請求項には、可能な限り、発明を特定することに使用する「しきい値」について数値限定をしないのがよい。そのために、しきい値などの数値は、使用環境などに応じて適宜に設定可能である旨を明細書に記載し、その数値例などを明細書などに複数記載し、審査において独立請求項のしきい値が不明確と拒絶されてとしても、独立請求項でしきい値を特定の数値に限定することなく意見書で不明確でない旨を説明し、更に正式な応答前に審査官に意見書案をみてもらう対応をとるのがよい。
以下は、上記判決に関する独自の見解です。
数値限定に基づく均等侵害の判断
本件では、請求項1に「電源残量が半分以下になった場合に初期位置へ自動回帰する」との事項が記載されており、この半分というしきい値に関して均等論の第1要件および第5要件の充足性が争点となった。
1.判示事項の概要
本件発明(特許3939710の請求項1)と被告製品との相違点について、次のように判断されて、被告製品は本件特許を侵害しないとされた。
(均等論の第1要件について)
本件発明は、遠隔操縦無人ボートの電源残量がしきい値としての「半分」以下となった場合に、自動的に初期位置へ回帰させる構成を採るのに対し、被告製品は「20~30%以下」で回帰させる点で異なる。本件発明の相違点に係る当該構成は、残量が半分を切った段階で確実に回帰させるという作用効果を奏するものであり、本質的構成部分に該当する。よって、被告製品は、第1要件を充足しない。
(均等論の第5要件について)
自動回帰発動条件に係る電源残量を半分(しきい値)よりも下げると、上記作用効果を達成し得なくなるものと認められるので、自動回帰発動条件に係る電源残量を「半分以下」とするもの以外は、特許請求の範囲から意識的に除外されたものとみられる。よって、被告製品は、第5要件も充足しない。
「半分以下」と明確に特定された回帰条件は、特許請求の範囲から他の数値(例えば20~30%)を意識的に除外したものとみられる。すなわち、回帰条件を「半分以下」としたことで、それより低い数値設定は出願人によって明確に排除されたと解される。
したがって、均等論の第5要件(特許請求の範囲から意識的に除外された技術でないこと)も充足されず、均等侵害は成立しない。
2.実務上の指針
本件のように請求項に具体的な数値を記載した場合、その数値範囲を外れる構成について、均等論が成立しない可能性が高い。そのため、以下のような対応が望ましいと思う。
(1)出願時においても審査過程での補正においても、独立請求項では、「しきい値」を具体的な数値に限定せず、「しきい値以下」などの表現を用いる。
例:「バッテリー残量が半分以下になったら」→「バッテリー残量がしきい値以下になったら」
独立請求項に記載したしきい値(又はしきい値として記載した所定値)が、審査の過程で不明確であるとして拒絶されることもあり得る。この場合でも、独立請求項においてしきい値を具体的な数値に限定することなく、意見書でその明確性(例えば所定値やしきい値は、使用環境や使用条件などに応じて適宜に設定できる旨など)を主張し、拒絶理由に対する応答前に、その意見書案を審査官に見てもらう対応をとるのがよいと思う。
(2)明細書や従属請求項において、「しきい値」は、例えば20〜60%の範囲で設定可能である旨を記載し、数値に柔軟性を持たせる。また、このような範囲を、複数、択一的に明細書や従属請求項に記載しておく。
(3)明細書には、「しきい値は、使用環境、使用条件、ユーザーの要求などに応じて適宜に設定可能」と記載しておくことで、独立請求項において、しきい値が特定の値に限定しなくてもよくなる可能性を高くしておく。
(4)更に、しきい値による効果が、特定の値のしきい値で得られるものではなく、しきい値を用いることにより得られるものである旨の記載を明細書に設けておく。
実際に、以下の特許においても、請求項では数値を限定せずに登録されており、明細書には、しきい値は適宜に設定可能である旨が記載されている。
特許7151240号
請求項の記載:「前記蓄電池の蓄電量が第1しきい値以下であると判定されたことを受けて・・・」
明細書の記載:「判定のしきい値として5%及び10%を使用する場合を説明したが、SOCの判定のしきい値は、これらの値に限定されず、任意の値を使用することができる。」
特許5686820号
請求項の記載:「移動速度が第1の所定のしきい値より上であるとき、」など
明細書の記載:「これらのしきい値は、上述の実施形態で与えられる値に限定されず、当業者は、実際の必要に従ってこれらのしきい値を構成することができ・・・」
弁理士 野村俊博
権利範囲 数値範囲を含む請求項について、その数値範囲から少しでも外れた数値の製品や方法は、文言侵害が成立しないだけでなく、均等侵害にもならない可能性が高い。
判例No. 68 令和6年(ネ)第10026号 特許権侵害行為差止等請求控訴事件
権利範囲 数値範囲を含む請求項について、その数値範囲から少しでも外れた数値の製品や方法は、文言侵害が成立しないだけでなく、均等侵害にもならない可能性が高い。
ただし、個々の具体的案件毎に判断が異なる可能性もあると考えます。
以下は、上記判決に関する独自の見解です。
1.実務上の指針
本判決を考慮すると、特許の請求項に数値範囲を記載した場合、この数値範囲から少しでも外れた製品や方法は、基本的に、文言侵害だけでなく均等侵害にもならない可能性が高いと考えます。
そのため、必要が無い場合には、請求項に数値範囲を記載しないのがよいと思う。
また、請求項に数値範囲を記載する必要がありそうでも、できるだけ数値範囲に代わる表現を記載する方がよさそうに思う。例えば、「第1部材の直径~よりも小さい直径」、「~を可能にする温度」、「肉眼で識別可能な大きさ」のような表現を請求項に記載し、明細書において、補足的に、その記載を定義し、その数値範囲の例のいくつか挙げておくことが考えられます。
2.判示事項の概要
(均等論の第1要件について)
本件発明に関する請求項の数値範囲には臨界的意義がないので、数値範囲は発明の本質的部分ではなく、したがって、均等論の第1要件を満たす(なお、前審の地裁では、数値範囲は、発明の本質的部分であるとして、均等論の第1要件を満たさないとされ、その結果、均等侵害に該当しないとされています。結論は、前審と本判決とで同じです)。
(均等論の第5要件について)
請求項における数値範囲は、出願人が自由に定めることができ、被告製品の数値699.91848も含まれるように請求項において数値範囲を定めることができたにもかかわらず、そのようにせず「700以上」としているので、原告(本件特許の出願人であり権利者)は、被告製品の数値を意識的に除外したものと認められる。
よって、均等論の第5要件を満たさないので、均等侵害が成立しない。(なお、文言侵害も成立しないとされています)。
次の記載は、上記判決文からの関連部分の抜粋です。
上記判決文からの抜粋:
『控訴人が特許請求の範囲において分子量を「700以上」とする数値範囲を定めたということは、「700以上」か「700未満」かという線引きをもって特許発明の技術的範囲を画し、下限値「700」をわずかでも下回る分子量のものについては、技術的範囲から除外することを客観的、外形的に承認したと認めるのが相当である。』
3.均等論の補足
均等論は、特許請求の範囲に文言上含まれない技術でも、実質的に同じであれば、均等侵害が認められ、その発明が保護されるものです。最高裁判決(ボールスプライン事件:平成6年(オ)第1083号)により、均等侵害成立のための以下の第1~第5要件が示されています。
第1要件:
特許発明において対象製品と相違する部分が、特許発明の本質的部分ではないこと。
第2要件:
上記の相違する部分を、対象製品における対応部分と置き換えても、特許発明の目的を達することができ、同一の効果作用を奏すること。
第3要件:
上記のように置き換えることが、対象製品の製造時において当業者が容易に想到できたこと。
第4要件:
対象製品が、特許発明の特許出願時における公知技術と同一ではなく、公知技術から容易に推考できたものではないこと。
第5要件:
対象製品が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情がないこと。
弁理士 野村俊博
権利範囲 請求項の構成要件の限定解釈を避けるための工夫
判例No.67 令和5年(ワ)第3375号 特許権侵害差止等請求事件(庇事件)
以下は、上記判決に関する独自の見解です。
明細書において発明の解決課題を複数記載する場合には、発明の目的を例えば「本発明は、上述した課題の少なくとも一部を解決できる装置を提供することを目的とする」のように記載する。
1.判決の独自解釈
請求項1の構成要件が、明細書に記載された複数の課題のうち特定の課題を解決できる構成に限定して解釈されました。
その結果、請求項1に係る発明の技術的範囲に被告製品が含まれないと判断されました。
詳しくは、次の通りです。
請求項1の構成要件「庇板の開放された前端面に当接され前面が雨水を下方へ導くガイド面となっている縦板部」について、当該当接部分と、「前面が雨水を下方へ導くガイド面となっている」部分との位置関係については、当該構成要件の文言からは一義的には明らかでない。
そこで、明細書を考慮すると、本件発明は、庇の全長が必要以上に長くなるなどの従来の庇の問題に着目して小型化 と構造の簡易化を実現し、保守、点検に手数を要さない庇を提供することを目的としており、これらの目的を達成するために上記構成要件が採用されていると解される。
そうすると、「前面が雨水を下方へ導くガイド面となっている」部分と、「庇板の開放された前端面に当接され」た部分とがいずれも備わっているが、両部分が離間して存在し、「庇板の開放された前端面に当接され」た板部の「前面が雨水を下方へ導くガイド面」となっていない被告製品は、本件発明の目的の一部(庇の小型化や構造の簡易化)を達成しないので、上記構成要件を充足しない。
2.実務上の指針
このような解釈がなされないように、明細書において発明の解決課題を複数記載する場合には、例えば次の記載Aのように、発明の目的を記載することが考えられます。
記載A:
「本発明は、上述した課題の少なくとも一部を解決できる装置を提供することを目的とする。」
例えば、特許3276362では「本発明は、このような課題の少なくとも一部を解決できる通信システム制御処理方法を提供することを目的とする」と記載されています。
このような記載Aにより、上記判例のような解釈を避けることができると思う。すなわち、複数の課題のうち特定の課題や全ての課題を解決できる構成に発明が限定して解釈されない可能性が高くなると考えます。
3.補足:補正を柔軟にしやすくすための記載
なお、明細書の記載に関して、補正を柔軟にしやすくすために、次のような記載Bを明細書に含ませておくことも有益と思う。
記載B:
「上述した課題の少なくとも一部を解決できる範囲内で、または、本明細書に記載した効果の少なくとも一部が得られる範囲内で、特許請求の範囲および本明細書に記載された1つ又は複数の構成要素を省略可能であり、または、特許請求の範囲および本明細書に記載された複数の構成要素の任意の組み合わせが可能である。」
記載Bにより、この場合には、出願後に、必要に応じて、請求項における余分な構成要素を削除したり、構成要素を変更する補正がしやすくなると考えます。
弁理士 野村俊博
進歩性 権利範囲 装置の機能的クレーム 方法の機能的クレーム
判例No.66 令和3年(行ケ)第10136号 審決取消請求事件(半田付け装置事件)
以下は、上記判決に関する独自の見解です。
進歩性 権利範囲 装置の機能的クレーム 方法の機能的クレーム
1.本判決の概要の独自解釈
本件特許(特許第6138324号)における装置の請求項1は、機能的な記載により発明を特定した機能的クレームである。
この機能的な記載が、引例との相違点として認定され、その結果、本件発明の進歩性が認められている。
当該機能的な記載は、次の「」内のものである(特に下線部)。
「・・・溶融した前記半田片が丸まって略球状になろうとするが前記ノズルの内壁と前記端子の先端に規制されるため必ず真球になれないまま前記端子の上に載った状態で前記半田片が供給された方向へ移動せずに停止し、この停止した状態で前記ノズルから前記溶融した半田片に伝わる熱を当該溶融した半田片から前記端子に伝えて前記端子を加熱し、この加熱によって前記端子が加熱された後に前記溶融した半田片が流れ出す構成である」
本件発明の請求項1では、上記のように、半田片が、ノズルの内壁と端子の先端に規制されるため必ず真球になれないという機能が記載されている。この機能により、半田片は、ノズルの内壁から伝わる熱により十分に加熱されるという効果が得られる。
上記機能は、どの引例にも記載も示唆もされていないので、本判決では、このような機能的クレームとしての装置に係る請求項1の進歩性が認められた。
2.装置の機能的クレームの解釈
本件発明の場合には、装置の機能的クレームは、以下のように、権利行使の際に、限定解釈される可能性があると思う。
本件発明の場合、上記機能が得られるか否かは、請求項1の記載だけを考慮すると、装置の構成要素ではない「半田片」の寸法しだいであると思われる。例えば、半田片の寸法がノズルの内部空間に対して十分に小さければ、半田片は加熱により丸まってもノズル内壁に接することなく真球になり、この場合には、上記機能が得られなくなるからである。
しかし、進歩性の判断において、上記判決では、装置の構成要素以外の物(半田片)に関する上記の機能的な記載が引例との相違点として認められていた。
これに対し、権利行使に際しては、上述のように、請求項1における機能的な記載は、装置の構成要素ではない「半田片」に関する記載と言えそうであるので、明細書を参酌して解釈される可能性があると思う。
具体的には、明細書には、半田導入筒34内の孔34aが記載されており、半田片は、この孔34aを通過してノズル内に供給される。孔34aの寸法は、半田片と実質的に同じであるようなので、孔34aの寸法とノズルの内部空間の寸法との関係が上記機能を得るための構成であると思った。
そのため、装置の機能的クレームである請求項1は、このような関係を有する半田導入筒34を有する発明に限定して解釈される可能性があるように思った。
なお、明細書参酌による解釈により権利範囲が狭くならないように、可能な場合には、複数の構成例を明細書に記載しておくのがよい。
3.方法の機能的クレーム
一方、方法の機能的クレームは、本件発明のような場合には、以下のように、権利行使の際に、装置の機能的クレームほどは限定解釈されないように思う。
本件発明の場合には、上記機能は、「半田片」の寸法が大きければ得られると考える。半田片の寸法がノズルの内部空間に対して十分に大きければ、半田片は、加熱により丸まろうとしても、ノズル内壁に接して必ず真球になれないはずだからである。
このように上記機能は、「半田片」とノズルの内部空間の寸法との関係で決まるので、明細書に記載された上述の半田導入筒34に依存しないと言えそうに思うからである(また、方法では半田導入筒34は必須の要件でないことを明細書に記載しておくことも考えられる)。
そのため、方法の機能的クレームは、このような関係を有する半田導入筒34を有する発明に限定して解釈されない可能性があるように思った。
このような理由で、方法の機能的クレームを、装置の機能的クレームとは独立して設けることが有効であると考える。
4.機能的クレームに代わる構成の請求項
機能的クレームは、構成を特定していない点で、その機能を含む様々な構成を含むように見える。
しかし、機能的クレームは、明確性要件、実施可能要件、またはサポート要件を満たさないとされる可能性がある。
これを避けるために、機能的クレームに加えて又は機能的クレームの代わりに、その機能を実現するための構成を、明細書だけでなく、独立請求項や従属請求項に記載することができる。例えば、互いに異なる複数の構成をそれぞれ記載した複数の従属請求項を設けることができる。
弁理士 野村俊博
進歩性 周知技術の適用が容易に想到できそうな場合における進歩性の主張の一例
判例No.65 令和3年(行ケ)第10082号 審決取消請求事件
以下は、上記判決に関する独自の見解です。
進歩性 周知技術の適用が容易に想到できそうな場合における進歩性の主張の一例
本件発明(特願2019-166439号の請求項1)の進歩性の判断において、一見すると、主引用例に周知技術を適用することで本件発明に容易に想到できそうに思える。しかし、本判決では、以下のように、本件発明の進歩性を肯定した。
1.前提
本件発明と主引用例との間には相違点があるが、主引用例に周知技術(コア電線にテープ部材を巻くこと)を適用すると当該相違点がなくなる。
2.判決の内容
以下の論理で、主引用例に周知技術を適用することに容易に想到できないとされた。
主引用例と周知技術とは技術分野が共通するので、主引用例に当該周知技術を適用するように当業者は動機づけられる。
しかし、次の(1)~(4)の理由で、上記周知技術を主引用例に適用することには阻害要因があるので、上記周知技術に基づいて上記相違点に係る構成に容易に想到できたとはいえない。
(1)本件発明と主引用例は、上記相違点となるそれぞれの手段で、共通の課題を解決しており、主引用例では、当該課題が既に解決されている。
(2)主引用例において、当該課題を解決するために、上記周知技術の構成を加える必要はない。
(3)主引用例において、上記周知技術の構成を加えると、追加の作業(テープ部材を除去する作業)が必要となるので、かえって作業性が損なわれ、主引用例が奏する効果を損なう結果となってしまう。
(4)主引用例の効果を犠牲にしてまで上記周知技術の構成を加えることに何らかの技術的意義があることを示唆するような記載は主引用例には無い。
3.実務上の指針
一見すると、主引用例に周知技術を適用することは容易に想到できそうに思える。
しかし、主引用例において課題を解決する原理の観点から、上記周知技術の構成を主引用例に 加えると不都合となる理由として、上記(1)~(4)がある。
このように、本判決にならうと、発明の進歩性の判断に関して、主引用例に周知技術を適用することが容易そうに思える場合でも、次の(A)と(B)のようにするのがよいと思う。
(A) 主引用例における課題解決原理を確認し、その原理の観点から、当該適用が不都合になる理由(例えば上記(1)~(4))が主引用例に存在するかを検討する。
(B) このような理由がある場合には、これに基づいて発明の進歩性を主張する。例えば、本判決にならって、当該理由により周知技術の適用には阻害要因があると主張する。
弁理士 野村俊博
権利範囲の解釈:請求項において形状を表わした語句の外延が、辞書的な意味から明確でない場合には、明らかにその範囲内となる形状から明細書に記載の課題を解決できない形状に近づく形状は、その範囲外になる可能性がある。
判例No.64 令和3年(ネ)第10049号,同年(ネ)第10069号 特許権侵害差止等請求控訴事件,同附帯控訴事件(原審・東京地方裁判所平成31年(ワ)第2675号)
以下は、上記判決に関する独自の見解です。
権利範囲の解釈:請求項において形状を表わした語句(本件では「楕円形」)の外延が、辞書的な意味から明確でない場合には、明らかにその範囲内となる形状から明細書に記載の課題を解決できない形状に近づく形状は、その範囲外とされた。
1.判決の概要
広辞苑とウェブサイト「コトバンク」における「楕円形」の意味を踏まえると、本件特許第4910074の請求項における「楕円形」とは,幾何学上の楕円の形状がそれに含まれ,同形状とは異なるがそれに近い形についても用いられる語であると解される。
「楕円形」の意味の外延は,上記の辞書的な意味からは明確とはいえない。
「楕円形」は,楕円の両端(当該楕円とその長軸が交わる2点をいう)付近の曲線を比較した場合に,その一方の曲率が他方の曲率より小さい形状(「卵形」など「長手方向の端の一方が他方よりも緩い曲率の形状」。以下「曲率に差のある形状」という。)を含むものとして「楕円形」の語が用いられているか否かは,明細書(図面を含む。)における当該「楕円形」の語が用いられている文脈等を踏まえて判断する必要があるというべきである。
明細書を考慮すると、本件発明の課題を解決する観点からは、「楕円形」は、「曲率に差のある形状」である必要はなく、むしろ、「曲率に差のある形状」の場合、課題の解決に支障が生じ得るともいえる。
よって、「曲率に差のある形状」を有する、被告製品のピンは、「楕円形」の先端部を有していない。したがって、被告製品は、本件特許の文言侵害を構成しない。
2.考察
本判決の場合のように、発明が、その課題を解決するための形状に関するものである場合、形状の範囲を明確にするために、形状について、例えば次の(1)又は(2)のように記載することが考えられると思う。
(1)可能な場合には、請求項において、楕円形やL字形状のような短い語句の代わりに、形状の範囲(外延)が分かるように、形状の説明をある程度の長さ(例えば数行)で記載する。
(2)請求項において、楕円形やL字形状のような短い語句を記載し、更に、明細書において、楕円形やL字形状の語句の定義や説明を、課題の解決と関連させて記載する。これにより、楕円形やL字形状の範囲(外延)が分かるようにする。
弁理士 野村俊博
進歩性:主引用例に周知技術を適用することに関して、主引用例において当該適用の必要性が無いことは、当該適用に動機付けがないことの理由になる。
判例No.63 平成31年(行ケ)第10005号 審決取消請求事件
進歩性:主引用例に周知技術を適用することに関して、主引用例において当該適用の必要性が無いことは、当該適用に動機付けがないことの理由になる。
なお、動機付けに関して、特許庁の審査基準には、例えば「主引用発明(A)に副引用発明(B)を適用したとすれば、請求項に係る発明(A+B)に到達する場合(注1)には、その適用を試みる動機付けがあることは、進歩性が否定される方向に働く要素となる。」と説明されている。
本判決では、引用発明(主引用例)において周知技術を適用する必要がないことを理由に、当該適用に動機付けがないとされ、その結果、この適用に容易に想到できないとされている。
以下は、上記判決に関する独自の見解です。
1.本件発明と引用発明との一致点と相違点
本件発明と引用発明とには、次の一致点と相違点がある。
一致点:
「携帯通信端末の所定の機能を実行させるためのパラメータに応じて,前記携帯通信端末において実行されるアプリケーションの動作を規定する設定ファイルを設定する設定部と,前記設定ファイルに基づいてアプリケーションパッケージを生成する生成部と,を有するアプリケーション生成支援システム」である点。
相違点1:
設定ファイルを設定するパラメータが,本件補正発明では,「携帯通信端末に固有のネイティブ機能を実行させるためのパラメータ」であるのに対して,引用発明では,携帯通信端末の機能を実行させるためのパラメータではあるものの,携帯通信端末に固有のネイティブ機能を実行させるためのパラメータであることが特定されていない点。
※携帯通信端末に固有のネイティブ機能は、カメラ,GPS,マイク,加速度センサなど,携帯通信端末に固有の機能を意味する。
2、相違点に関する判断
上記の相違点1に関して、引用発明の文献を読んでみるとは、引用発明は、ブログ、有名人等のファンサイト、ゲームサイト、ショッピングサイト等のウェブアプリケーションの情報を表示するためのものであるので(段落0008、0024)、本判決のように、引用発明において、カメラ,GPS,マイク,加速度センサなど,携帯通信端末に固有のネイティブ機能を実行させる必要性は無いと言えそうに思う。
別の観点からは、引用発明は、ウェブアプリケーションの情報を表示することに限定されているので、この限定の範囲外となる「カメラ,GPS,マイク,加速度センサなど,携帯通信端末に固有のネイティブ機能」を引用発明において実行させる必要性は無いとも言えそうに思う。
上記の相違点1に関する本判決の判断は、主に次の通りである。次の各『』内は本判決からの抜粋です。
『引用発明は,アプリケーションサーバにおいて検索できるネイティブアプリケーションを簡単に生成することを課題として,同課題を,既存のウェブアプリケーションのアドレス等の情報を入力するだけで,同ウェブアプリケーションが表示する情報を表示できるネイティブアプリケーションを生成することができるようにすることによって解決したものであるから,ブログ等の携帯通信端末の動きに伴う動作を行わないウェブアプリケーションの表示内容を表示するネイティブアプリケーションを生成しようとする場合,生成しようとするネイティブアプリケーションを携帯通信端末の動きに伴う動作を行うようにする必要はなく,したがって,設定ファイルを設定するパラメータを「携帯通信端末に固有のネイティブ機能を実行するためのパラメータ」とする必要はない。』
『以上のとおり,引用発明に被告主張周知技術を適用することの動機付けはないから,引用発明に被告主張周知技術を適用して,相違点1の構成について,本件補正発明の構成とすることは容易に想到することはできず,したがって,本件補正発明は,引用発明及び被告主張周知技術に基づいて容易に発明することができたということはできない。』
弁理士 野村俊博
進歩性:主引用例と副引用例とである事項が共通することを理由に副引用性の技術を主引用例に適用するのが容易であるとされたとき、上記理由が、両者の技術分野が共通することである場合には、この理由だけでは、当該適用が容易であるとは言えない。
判例No.62 令和2年(行ケ)第10134号 審決取消請求事件
進歩性:主引用例と副引用例とである事項が共通することを理由に副引用性の技術を主引用例に適用するのが容易であるとされたとき、上記理由が、両者の技術分野が共通することである場合には、この理由だけでは、当該適用が容易であるとは言えない。
以下は、上記判例の内容の一部に関する独自の見解です。
言い換えると、副引用性の技術を主引用例に適用するのが容易といえるためには、主引用例と副引用例の技術分野が共通することだけでは不十分である。
例えば、次の(1)に基づいて、上記適用が容易であると言う場合には、更に次の(2)のようなことも言えなければならない。
(1)主引用例と副引用例とが、共通の技術分野に属している。
(2)副引用性の技術を主引用例に適用する動機付けや示唆がある。
1.審決の判断
審決では、次の「」内のように判断している。次の「」内は、上記判決からの抜粋です。また、次の「」内の下線は、ここで付しました。
「引用発明と甲3技術は,送信クライアント,受信クライアント及びサーバとの間でデータ送受信を行う方法である点において共通するから,引用発明に甲3技術を適用することは,当業者が容易に想到し得たことである。」
2.判決内容
判決では、審決における上記下線部が、主引用例(引用発明)と副引用例(甲3技術)の技術分野が共通することであるとして、(広い)技術分野が共通することから直ちに、上記適用が容易であるとは言えないとした。
次の『』内は、これに関する上記判決からの抜粋です。また、次の『』内の下線は、ここで付しました。
『甲3技術と引用発明とは,・・・この点,「送信クライアント,受信クライアント及びサーバとの間でデータ送受信を行う方法」という広い技術分野に属することから直ちに,それらの関係性等を一切考慮することなく,引用発明に甲3技術を適用することを容易に想到することができるものとは認め難い。』
3.審査基準の確認
上記判決内容に関連して、特許庁の審査基準には、以下のように記載されている。
次の「」内は、特許庁の審査基準からの抜粋です。また、次の「」内において、・・・は省略箇所であり、下線は、ここで付しました。
「主引用発明に副引用発明を適用する動機付けの有無は、以下の(1)から(4)までの動機付けとなり得る観点を総合考慮して判断される。審査官は、いずれか一つの観点に着目すれば、動機付けがあるといえるか否かを常に判断できるわけではないことに留意しなければならない。
(1) 技術分野の関連性
(2) 課題の共通性
(3) 作用、機能の共通性
(4) 引用発明の内容中の示唆
・・・
主引用発明に副引用発明を適用する動機付けの有無を判断するに 当たり、(1)から(4)までの動機付けとなり得る観点のうち「技術分野の関連性」 については、他の動機付けとなり得る観点も併せて考慮しなければならない。」
このように審査基準では、技術分野の関連性(すなわち、主引用例と副引用例とが共通の技術分野に属すること)を考慮する場合において、上記適用が容易であると言うためには、技術分野の関連性だけでは不十分であり、他の動機付けとなり得る観点も考慮しなければならないとされている。
これに関して、技術分野の関連性と、他の動機付けとの両方を考慮することについて、審査基準には次の例が挙げられている。次の「」内は、特許庁の審査基準からの抜粋です。次の「」内において、下線は、ここで付しました。
「例1:
[請求項]
アドレス帳の宛先を通信頻度に応じて並べ替える電話装置。
[主引用発明]
アドレス帳の宛先をユーザが設定した重要度に応じて並べ替える電話装置。
[副引用発明]
アドレス帳の宛先を通信頻度に応じて並べ替えるファクシミリ装置。
(説明)
主引用発明の装置と、副引用発明の装置とは、アドレス帳を備えた通信装置という点で共通する。このことに着目すると、両者の技術分野は関連している。
さらに、ユーザが通信をしたい宛先への発信操作を簡単にする点でも共通していると判断された場合には、両者の技術分野の関連性が課題や作用、機能といった観点をも併せて考慮されたことになる。」
技術分野の関連性を考慮する場合において、副引用性の技術を主引用例に適用するのが容易といえるためには、この例のように、技術分野の関連性があることに加えて、課題や作用、機能といった観点を考慮する必要がある。
弁理士 野村俊博
進歩性:主引用例において、ある構成を採用すると問題が生じかねず、当該問題を解消するために改良が必要になる場合には、当該構成をあえて採用する動機づけがあるとはいえない。
判例No.61 令和2年(行ケ)第10115号 審決取消請求事件
進歩性:主引用例において、ある構成を採用すると問題が生じかねず、当該問題を解消するために改良が必要になる場合には、当該構成をあえて採用する動機づけがあるとはいえない。
以下は、上記判例に関する独自の見解です。
主引用例において、ある構成を採用すると問題が生じかねず、当該問題を解消するために改良が必要になる場合には、当該構成をあえて採用する動機づけがあるとはいえない。
1.本件発明について
本件発明は、次の括弧内の請求項1の通りです。次の括弧内は、上記判決文からの抜粋です。
「【請求項1】
ハンドルの先端部に一対のボールを,相互間隔をおいてそれぞれ一軸線を中心に回転可能に支持した美容器において,
往復動作中にボールの軸線が肌面に対して一定角度を維持できるように,ボールの軸線をハンドルの中心線に対して前傾させて構成し,
一対のボール支持軸の開き角度5 を65~80度,一対のボールの外周面間の間隔を10~13mmとし,
前記ボールは,非貫通状態でボール支持軸に軸受部材を介して支持されており,
ボールの外周面を肌に押し当ててハンドルの先端から基端方向に移動させることにより肌が摘み上げられるようにした
ことを特徴とする美容器。」
2.主引用例(仏国特許出願公開2891137号明)との相違点
主引用例(上記判決文では甲1)は、本件発明の一対のボールとハンドルにそれぞれ対応する一対のボールとハンドルを備える美容器である。
しかし、ハンドルの形状が、主引用例と本件発明とで相違する。すなわち、主引用例では、ハンドルは球状であるのに対し、本件発明では、ハンドルは先端と基端を有する形状(例えば長尺形状)であり、ハンドル中心軸に対してボールの軸線が前傾している点で、両者は相違する。
次の各「」内は、主引用例(甲1)と本件発明との相違点1,3に関する上記判決文からの抜粋です。
「1 一対のボールを回転可能に支持しているのは,本件発明では,ハンドルの先端部であるのに対して,甲1発明では,先端部であるか不明でる点。」
「3 本件発明では,往復動作中にボールの軸線が肌面に対して一定角度を維持できるように,ボールの軸線をハンドルの中心軸に対して前傾させて構成しているのに対して,甲1発明では,そのような構成を有するか明らかでない点。」
3.進歩性の判断
主引用例において、本件発明のように、ハンドルを長尺状のものとし、その先端部に2つの球を支持する構成を採用すると、球状のハンドルと比較して傾けられる角度に制約があるために進行方向に傾けて引っ張る際にハンドルの把持部と肌が干渉して操作性に支障が生じかねない。
こうした操作性を解消するために長尺状の形状を、改良する必要がある。例えば本件発明のようなハンドルの形状を採用する必要がある。
したがって、主引用例のハンドルをあえて長尺状のものとする動機付けがあるとはいえない。
その結果、主引用例から本件発明に容易に想到できたとした審決が取り消されている。
以下の「」内は、進歩性の判断に関する上記判決文の抜粋です。なお、「」内において下線は、ここで付しました。
「甲1には,甲1発明のマッサージ器具は,ユーザがハンドル(1)を握り,これを傾けて,ハンドルに2つの軸で固定された2つの回転可能な球を皮膚に当てて回転させると,球が進行方向に対して非垂直な軸で回転することにより,球の対称な滑りが生じ,球の間に拘束されて挟まれた皮膚を集めて皮膚に沿って動き,引っ張る5 代わりに押圧すると,球の滑りと皮膚に沿った動きによって皮膚が引き伸ばされることが開示されているところ,こうした2つの球がハンドルに2つの軸に固定され,2つの軸が70~100度をなす角度で調整された甲1発明において,球が進行方向に対して非垂直な軸で回転し,球の間に拘束されて挟まれた皮膚を集めて皮膚に沿った動きをさせるためには,ハンドルを進行方向に向かって倒す方向に傾けることが前提となる。
ハンドルが球状のものであれば,後述するハンドルの周囲に軸で4個の球を固定した場合を含めて,把持したハンドル(1)の角度を適宜調整して進行方向に向かって倒す方向に傾けることが可能である。しかし,ハンドルを長尺状のものとし,その先端部に2つの球を支持する構成とすると,球状のハンドルと比較して傾けられる角度に制約があるために進行方向に傾けて引っ張る際にハンドルの把持部と肌が干渉して操作性に支障が生じかねず,こうした操作性を解消するために長尺状の形状を改良する(例えば,本件発明のように,ボールの軸線をハンドルの中心軸に対して前傾させて構成させる(相違点3の構成)。)必要が更に生じることになる。そうすると,甲1の中央ハンドルを球に限らず「任意の形状」とすることが可能であるとの開示があるといっても,甲1発明の中央ハンドルをあえて長尺状のものとする動機付けがあるとはいえない。」
弁理士 野村俊博
進歩性:相違点に係る構成が容易そうであっても、発明の意義が、従前には無い課題を取り上げたことにあり、当該課題が前記構成により解決されるものである場合には、発明の進歩性が認められる余地がある。
判例No.60 令和元年(行ケ)第10159号 審決取消請求事件
進歩性:相違点に係る構成が容易そうであっても、発明の意義が、従前には無い課題を取り上げたことにあり、当該課題が前記構成により解決されるものである場合には、発明の進歩性が認められる余地がある。
言い換えると、発明において主引用例との相違点に係る構成により発明の課題でき、発明の意義が当該課題を取り上げたことにあり、当該課題が主引用例と他の先行技術文献から認められない場合には、主引用例において上記構成を採用する動機付けはない。
以下は、上記判例に関する独自の見解です。
相違点に係る構成が容易に想到できそうに見えても、当該構成が上記のような課題を解決するものであれば、上記に基づいて進歩性を主張できる余地があると思う。
本判決では、相違点に係る構成が容易であるように見えたが、進歩性が認められている。
1.本件発明について
本件発明(特願2014-220371の請求項1に係る発明)では、被験者に手術を行っている医師が見る表示部と、外科用X線透視撮影装置を操作するオペレータが見る別の第2表示部との両方に、被検者に関する同一のX線画像を表示させる場合に、前記X線画像のうち,前記第2表示部に表示されるX線画像のみを回転させる画像回転機構が設けられる。
これにより、課題「医師から見る被験者の向きとオペレータから見た被験者の向きとが互いに異なる場合には、医師が見る表示部のX線画像の向きを医師から見た被験者の向きに合わせると、オペレータから見た被験者の向きと第2表示部に表示されたX線画像の向きとが互いに異なってしまう。これが原因で、オペレータは外科用X線透視撮影装置を操作することが困難となる」を解決できる。
すなわち、医師が見る表示部に表示されるX線画像と、オペレータが見る第2表示部に表示されるX線画像のうち、第2表示部に表示されるX線画像のみを回転させることにより、第2表示部のX線画像の向きをオペレータから見た被験者の向きに一致させることができる。これにより、オペレータが外科用X線透視撮影装置を操作することが容易になる。この場合、医師が見る表示部のX線画像の向きは、医師から見た被験者の向きに保たれる。
本件発明は、具体的には、次の括弧内の請求項1の通りです。次の括弧内は、上記判決文からの抜粋です。
「【請求項1】
X線管と,
前記X線管から照射され被検者を通過したX線を検出するX線検出部と,
前記X線管と前記X線検出部とを支持するアームと,
移動機構を備え,前記アームを支持する本体と,前記本体に配設され前記X
線検出部により検出したX線に基づいてX線画像を表示する表示部と,
前記X線検出部により検出したX線に基づいてX線画像を表示する前記表示
部とは異なる第2表示部を備えたモニタ台車と,
を備えたX線透視撮影装置において,
前記表示部と前記第2表示部には,手術中に透視された同一のX線画像が表示され,
前記X線画像のうち,前記表示部に表示されるX線画像のみを回転させる画像回転機構を備えるX線透視撮影装置。」
2.主引用例について
特開2006-122448号である引用文献1(以下、主引用例という)では、医師が見る診断用画像モニタ装置17とは別の操作用液晶ディスプレイ装置21の画面において、直前の記憶画像であるX線透視像23と画像正立位置マーカ26とが表示され、画像正立位置マーカ26を画面上で回転させることにより、これに応じてX線透視像23が回転するようになっている。
これにより、主引用例の課題「X線曝射しない状態で画像回転角度の調整作業を行えるようにすること」を解決できる。
すなわち、X線透視像23の回転位置が調整された時の画像正立位置マーカ26の回転位置を見て、X線画像用のカメラの回転位置を調整できるようになる。
3.相違点
主引用例には、本件発明の「前記X線画像のうち,前記表示部に表示されるX線画像のみを回転させる画像回転機構」が記載されていない。
すなわち、被験者に手術を行っている医師が見る表示部と、外科用X線透視撮影装置を操作するオペレータが見る別の第2表示部との両方に、被検者に関する同一のX線画像を表示させた場合に、前記X線画像のうち,前記第2表示部に表示されるX線画像のみを回転させる構成が、主引用例には記載されていない。
なお、画面において、2つの表示部に表示されたX線画像のうち、一方のみを回転させること自体は容易に想到できそうに見えるが、この相違点により進歩性が認められている。
次の『』内は、これに関する上記判決文からの抜粋です。
『本願発明と主引用例との相違点は,本願発明は「前記X線画像のうち,前記表示部に表示されるX線画像のみを回転させる画像回転機構を備え」ているのに対し,主引用例は,そのような特定がない点に尽きるが(本願発明における画像回転機構自体については目新しいものとはいえない。)』
4.進歩性の判断
本件発明において主引用例との上記相違点に係る構成により本件発明の課題でき、本件発明の意義が当該課題を取り上げたことにあり、当該課題が主引用例と他の先行技術文献から認められないので、主引用例において上記構成を採用する動機付けはない。
次の各『』内は、この独自解釈に関する上記判決文からの抜粋です。
『操作者は,従前は,このような課題を具体的に意識することもなく,術者の指示
に基づきその所望する方向に画像を調整することに注力していたものであるのに対して,本願発明は,その操作者の便宜に着目して,操作者の観点から画像の調整を容易にするための問題点を新たに課題として取り上げたことに意義があるとの評価も十分に可能である。』
『引用文献1には,「操作用液晶ディスプレイ装置21」を見て操作する「操作者」の視認方向が「診断用画像モニタ装置17」を見る「術者」の「被検者」の視認方向と一致しないという課題(課題B2)について記載も示唆もなく,被告が提出した文献からは,手術中に被検者の患部を表示する画像表示装置において,異なる方向から被検者に対向する操作者が見る操作用液晶ディスプレイ21の画像の向きを,操作者が被検者を見る向き(視認方向)に一致させるという課題があると認めるに足りないから,こうした課題があることを前提として,引用発明との相違点の構成にする動機づけがあるとはいえず,』
弁理士 野村俊博
進歩性(引用発明の認定):主引用例において、ある装置が他の構成要素と協同しなければ所期の効果が得られない場合、当該装置は、本件発明と対比させるべきものとは認められない。
判例No.59 令和2年(行ケ)第10102号 審決取消請求事件
以下は、上記判例に関する独自の見解です。
進歩性(引用発明の認定):主引用例において、ある装置(本件では「読取り/書込みモジュール200」)が他の構成要素(本件では「防壁」)と協同しなければ所期の効果が得られない場合、当該装置は、本件発明と対比させるべきものとは認められない。
(判決のポイント)
主引用例(米国特許第9245162号明細書)において、読取り/書込みモジュール200は、対象物に保持されたRFIDタグからデータを読み取り可能である。読取り/書込みモジュール200は、これを囲む防壁と共に用いられる。
すなわち、主引用例では、読取り/書込みモジュール200の金属製側壁204~210と上記防壁の金属製外側パネルとで電波を反射させつつ、当該側壁と当該パネルとの間に存在する電波波吸収性発泡体で電波を吸収する。これにより、電波の漏えいや干渉を防止するという所期の効果を発揮される。
したがって、読取り/書込みモジュール200は、単体で、当該効果を発揮する装置であるとは認められない。
弁理士 野村俊博
進歩性 動機付けの有無:技術分野の共通性のみでは、動機付けの根拠としては不十分である。
判例No.58 令和2年(行ケ)第10075号 特許取消決定取消請求事件
以下は、上記判例に関する独自の見解です。
進歩性(動機付けの有無):技術分野の共通性のみでは、動機付けの根拠としては不十分である。
1.前審の判断(特許取消決定)
甲1(特開2001-10663号公報)には、弁当包装体に用いる熱収縮性フィルムとしてポリエステルが挙げている。
甲3(特開2009-143605号公報)には、弁当包装体に用いる熱収縮性ポリエステル系フィルムの特性に関する具体的な数値範囲が記載されている。
したがって、甲1の発明において,熱収縮性フィルムとして、具体的な数値範囲の特性を持つ甲3の熱収縮性ポリエステル系フィルムを採用することは、当業者が容易に想到し得たことである。
2.判示事項
甲1と甲3は、技術分野は共通するが、課題においてもその解決手段においても共通性は乏しいから,甲3記載事項を甲1発明に適用することが動機付けられているとは認められない。
また、被告の主張は、実質的に技術分野の共通性のみを根拠として動機付けがあるとしているに等しく、動機付けの根拠としては不十分である。
3.補足
甲1と甲3との間における技術分野が共通性、課題の相違、解決手段の相違は以下の通りです。以下の「」内は、上記判決からの抜粋です。
<技術分野が共通性>
「甲1発明及び甲3記載事項は,共に,弁当包装体という技術分野に属す
るものであると認められる」
<課題の相違>
「甲1発明は,熱収縮性チューブを使用した弁当包装体について,煩雑な
加熱収縮の制御を実行することなく,包装時の容器の変形やチューブの歪みを防ぎ,また,店頭で,電子レンジによる再加熱をした際にも弁当容器の変形が生じることを防ぐことを課題とするものである」
「甲3に記載された発明は,ラベルを構成する熱収縮性フィルムについて,主収縮方向である長手方向への収縮性が良好で,主収縮方向と直交する幅方向における機械的強度が高いのみならず,フィルムロールから直接ボトルの周囲に胴巻きした後に熱収縮させた際の収縮仕上がり性が良好で,後加工時の作業性の良好なものとするとともに,引き裂き具合をよくすることを課題とするもの(甲3の段落【0007】,【0008】)である。」
<課題の解決手段の相違>
「上記課題を解決するために,甲1発明は,非熱収縮性フィルム(21)
と熱収縮性フィルム(22)とでチューブ(20)を形成し,熱収縮性フィルム(22)の周方向幅はチューブ全周長の1/2以下である筒状体であり,熱収縮性フィルム(22)の熱収縮により,弁当容器の外周長さにほぼ等しいチューブ周長に収縮して弁当容器に締着されてなるものとしたのに対し,甲3に記載された発明の熱収縮性フィルムは,甲3の特許請求の範囲記載のとおり,各数値を特定したものである。」
弁理士 野村俊博
進歩性 動機付けの有無:主引用例において、構成Aにより効果が既に得られており、かつ、同様の効果を得るための構成Bが主引用例の前提となる機構に反する場合には、主引用例において、構成Bを採用する動機付けは無い。
判例No.57 令和元年(行ケ)第10124号 特許取消決定取消請求事件
以下は、上記判例に関する独自の見解です。
進歩性(動機付けの有無):主引用例において、構成Aにより効果が既に得られており、かつ、同様の効果を得るための構成Bが主引用例の前提となる機構に反する場合には、主引用例において、構成Bを採用する動機付けは無い。
1.争点
主引用例においてテストヘッドが収容室に配置されている機構において、テストヘッドをスライドレールにより外部へ引き出す構成Bを採用することは容易であるか否か。
2.判示事項
以下の「」内は、上記判例からの抜粋である。抜粋内の下線部は、ここで付した。
上記判例では、抜粋のように判断されて、主引用例(引用発明:再表2011/016096)において上記構成B採用することは容易でないとされた。
抜粋:
「引用発明においては,テストヘッドのメンテナンスは背面扉を開けて行うものとされ,背面扉はメンテナンスを行うのに容易な位置に配置されているのであるから,検査室が整備空間側にテストヘッドを引き出すスライドレールを備え,テストヘッドを引き出す構成を採用することの動機付けは見いだせない。」
3.考察
上記抜粋における下線部は、次のことを示していると考える。
主引用例では、前提となる機構が、テストヘッドが収容室に配置された状態でメンテナンスされる機構になっている。
これに対し、テストヘッドをスライドレールにより外部へ引き出すという構成Bは、上記前提となる構成に反するものであると思う。
また、上記抜粋における下線部は、次のことも示していると考える。
主引用例では、背面扉がメンテナンスを行うのに容易な位置に配置されているという構成Aにより、テストヘッドのメンテナンスを容易に行えるという効果が既に得られている。
したがって、上記判例に倣うと、次の(1)と(2)の両方が満たされる場合には、主引用例において、構成Bを採用する動機付けは無く、この採用は容易でないと言える可能性が十分にあると思う。
(1)主引用例において、構成Aにより効果が既に得られている。
(2)構成Aによる効果と同様の効果を得るための構成Bが主引用例の前提となる機構に反する。
4.補足
なお、主引用発明に副引用発明を適用する動機付けは、技術分野の関連性などを考慮して判断される。
特許庁の審査基準には、動機付けの判断に関して考慮される主引用例と副引用例との技術分野の関連性について次の記載がある。
審査基準からの抜粋(下線はここで付した):
「技術分野は、適用される製品等に着目したり、原理、機構、作用、機能等に着
目したりすることにより把握される。」
これについて、上記判例では、上記(2)に関し、主引用例において前提となる機構が、上記構成Aが記載された副引用例の機構と異なる。この点で、主引用例と副引用例とでは、技術分野の関連性が低いと言えそうに思う。
弁理士 野村俊博
進歩性(設計事項に対する反論):出願に係る発明において引用発明と相違する構成が、技術的思想の相違に基づくものであれば、設計事項とは言えない。
判例No.56 令和元年(行ケ)第10161号 審決取消請求事件
以下は、上記判例に関する独自の見解です。
進歩性(設計事項に対する反論):出願に係る発明において引用発明と相違する構成が、技術的思想の相違に基づくものであれば、設計事項とは言えない。
1.本件発明の概要
本件発明(特願2017-157285号の発明)は、建物に組み込まれ、地震の振動エネルギーを吸収するダンパーである。
本件発明の技術的思想は、振動エネルギーの入力方向を想定し、その想定される方向及びその方向に近い一定の範囲の方向からの振動エネルギーを吸収するというものである。
2.上記判決における進歩性の判断
引用発明(特開2000-73603号の発明)の技術的思想は、水平方向の全方向からの震動エネルギーを吸収するというものである。
したがって、引用発明の技術的思想は、本件発明の上記技術的思想と相違する。
本件発明において、引用発明と相違する構成は、上述した技術的思想の相違に基づく。
したがって、当該構成は、引用発明との実質的な相違点であり,設計事項にすぎないということはできない。
(その結果、拒絶査定不服審判において本件発明の進歩性を否定した審決が、本判決にて取り消されています。)
3.補足1(本件発明の構成)
なお、本件発明において、引用発明と相違する構成は、二つの(平板状の)剪断部が断面「く」の字状に配置されたものである。これに対し、引用発明では、四つの(平板状の)剪断部が、断面「矩形状」又は「十字状」に配置されている。
4.補足2(本件発明の請求項1)
次の「」内は、上記判決文からの抜粋であり、判決の対象となった本件発明の請求項1の記載である。
「建物及び/又は建造物に適用可能で,想定される入力方向に対して機能する向きに設置される弾塑性履歴型ダンパであって,
互いの向きが異なる二つの剪断部が,当該ダンパの端部を成す連結部を介して一連に設けられ,
上記ダンパを囲繞する空間が,二つの該剪断部の間の空間に一連であって,
上記想定される入力方向に対し,二つの上記剪断部の面内方向が傾斜するように上記剪断部が設置され,
上記剪断部は,外部からの一定以上の入力時に弾塑性的に面外方向を含む方向に変形してエネルギー吸収することを特徴とする弾塑性履歴型ダンパ。」
この請求項1において、特に記載「想定される入力方向に対して機能する向きに設置される」は、引用発明との相違を示すことに役立ったと思う。この記載がなければ、本件発明の「二つの剪断部」は、引用発明の断面「十字状」に配置された四つの剪断部に含まれることになり、その結果、引用発明の構成の一部に該当し、引用発明と相違しないとみなされると思うからである。
弁理士 野村俊博