権利範囲の解釈に発明の課題及び作用効果が考慮される

権利範囲の解釈に、発明の課題及び作用効果が考慮される

 

判例No.13 平成28年(ネ)第10047号 特許権侵害差止等請求控訴事件

 ※以下は、この判決についての独自の見解です。
※以下において、「」内は、上記の判決文からの引用です。

1.本件発明の要点

概要:レセプタクルコネクタに嵌合したケーブルコネクタの後側の部分をレセプタクルコネクタから持ち上げようとすると、両者が互いに当接することによりレセプタクルコネクタはケーブルコネクタから抜き出せない。一方、レセプタクルコネクタに嵌合したケーブルコネクタの前側の部分をレセプタクルコネクタから持ち上げると、両者が互いに当接せず、レセプタクルコネクタはケーブルコネクタから抜き出せる。

 

本件発明は、具体的には次のように特許第5362931号の請求項3に記載された発明である。

 

『【請求項3】

 ハウジングの周面に形成された嵌合面で互いに嵌合接続されるケーブルコネクタとレセプタクルコネクタとを有し,嵌合面が側壁面とこれに直角をなし前方に位置する端壁面とで形成されており,ケーブルコネクタが後方に位置する端壁面をケーブルの延出側としている電気コネクタ組立体において,

 ケーブルコネクタは,突部前縁と突部後縁が形成されたロック突部を側壁面に有し,レセプタクルコネクタは,前後方向で該ロック突部に対応する位置で溝部前縁と溝部後縁が形成されたロック溝部を側壁面に有し,該ロック溝部には溝部後縁から溝内方へ突出する突出部が設けられており,ケーブルコネクタは,前方の端壁面に寄った位置で側壁に係止部が設けられ,レセプタクルコネクタは,前後方向で上記係止部と対応する位置でコネクタ嵌合状態にて該係止部と係止可能な被係止部が側壁に設けられており,コネクタ嵌合過程にて上記ケーブルコネクタの前端がもち上がって該ケーブルコネクタが上向き傾斜姿勢にあるとき,上記ロック突部の突部後縁の最後方位置が,上記ケーブルコネクタコネクタ嵌合終了姿勢にあるときと比較して前方に位置し,上記ロック突部が上記ロック溝部内に進入して所定位置に達した後に上記上向き傾斜姿勢が解除されて上記ケーブルコネクタが上記コネクタ嵌合終了姿勢となったとき,上記ロック突部の突部後縁の最後方位置が上記突出部の最前方位置よりも後方に位置し,該ケーブルコネクタが後端側を持ち上げられて抜出方向に移動されようとしたとき,上記ロック突部が上記抜出方向で上記突出部と当接して,上記ケーブルコネクタの抜出が阻止されるようになっていることを特徴とする電気コネクタ組立体。』

 

本件発明の作用効果:

 ケーブルコネクタがその側壁面にロック突部,レセプタクルコネクタがその側壁面の対応位置にロック溝部を有し,上記ロック突部が嵌合方向で上記ロック溝部内に進入してケーブルコネクタが嵌合終了の姿勢となった後は,該ケーブルコネクタが後端側を持ち上げられて抜出方向に移動されようとしたとき,上記ロック突部が上記ロック溝部の突出部に当接して該ケーブルコネクタの抜出を阻止するようにしたので,ケーブルコネクタの後端から延出しているケーブルを不用意に引いても,そしてその引く力がたとえ上向き成分を伴っていても,ロック突部がロック溝部の突出部に当接して,ケーブルコネクタはレセプタクルコネクタから外れることはない。

 

2.争点

 本件発明の構成要件「コネクタ嵌合過程にて上記ケーブルコネクタの前端がもち上がって該ケーブルコネクタ上向き傾斜姿勢にあるとき,上記ロック突部の突部後縁の最後方位置が,上記ケーブルコネクタコネクタ嵌合終了姿勢にあるときと比較して前方に位置し」は、「ケーブルコネクタの回転のみによって,すなわちケーブルコネクタとレセプタクルコネクタ間のスライドなどによる相対位置の変位なしに,ロック突部の最後方位置が突出部に対して位置変化を起こす構成」に限定されて解釈されるかどうか。

 

3.判示事項

 次の(1)~(3)により、本件発明の構成要件には、上記の限定があるとはいえない。

 

(1)特許請求の範囲には,上記の限定が記載されていない。

(2)本件発明の課題および作用効果は、ケーブルコネクタのケーブルに、上向き方向成分を持つ力が不用意に作用しても、ケーブルコネクタがレセプタクルコネクタから外れないようにすることにある。この作用効果(課題の解決)は、上記の限定の有無にかかわらず得られるものである。

(3)無効審判において、進歩性の否定を回避するために、「本ケーブルコネクタの回転のみによって,すなわち,ケーブルコネクタとレセプタクルコネクタ間のスライドなどによる相対位置の変化なしに,ロック突部の最後方位置が突出部に対して位置変化を起こす構成に限定されていると解される。」と述べられているが、本件発明の技術的範囲を解釈するについて,相手方の無効主張に対する反論として述べた当事者の主張は,必ずしも裁判所の判断を拘束するものではない。

 

4.実務上の指針

 特許発明の権利範囲は、請求の範囲の記載だけでなく発明の課題と作用効果も考慮して判断される。特許発明の権利範囲に、ある限定がなされているかどうかについて、この限定が請求項に記載されておらず、この限定の有無にかかわらず作用効果(課題の解決)が得られれば、権利範囲にはその限定がないといえる。

 この点を考慮して、特許出願の明細書には、発明の課題と作用効果を必要最小限に記載し(ただし、実施例においては追加の作用効果を記載してもよいと考える)、請求項には、この作用効果(課題の解決)を得るために必要最小限の構成を記載する。

 

 また、本件発明では、形状や寸法などによらずに、動作と動作による位置の変化により発明の構成を特定している。すなわち、請求項において、「コネクタ嵌合過程にて上記ケーブルコネクタの前端がもち上がって該ケーブルコネクタ上向き傾斜姿勢にあるとき,上記ロック突部の突部後縁の最後方位置が,上記ケーブルコネクタコネクタ嵌合終了姿勢にあるときと比較して前方に位置し」のように、ケーブルコネクタの動作(姿勢変化)と、この動作におけるロック突部の位置の変化により、発明の構成を特定している。

 このように、形状や寸法などによらずに、動作と動作による位置の変化により発明の構成を特定することも、1つの請求項の書き方になる。これにより、本件発明では、限定を抑えた権利範囲が得られているように思える。上記判決では、本件発明の技術的範囲に被告製品が属するとされたからである。

 

弁理士 野村俊博