進歩性の主張が困難であるように思える場合に、本願発明の技術的思想と引用例の技術的思想の相違という観点から検討すると、有力な反論が見つかることがある。

進歩性の主張が困難であるように思える場合に、本願発明の技術的思想と引用例の技術的思想の相違という観点から検討すると、有力な反論が見つかることがある。

 

判例No. 37平成28年(行ケ)第10071号 審決取消請求事件

以下は、独自の見解です。

 

1.判決の概要

 上記判例では、以下のように、技術的思想の観点からの検討により、本願発明の進歩性が肯定された(進歩性を否定した審決が取り消された)。

 

2.本願発明

 上記判例における本願発明の請求項1(特開2012-108704号公報の請求項1)は、次の「」内と通りです。

 

「【請求項1】

 機密事項を扱うアプリケーションを識別する機密識別子が記憶される機密識別子記憶部と,システムコールの監視において,実行部がアプリケーションを実行中に行う送信処理に応じたシステムコールをフックし,当該アプリケーションが,前記機密識別子記憶部で記憶されている機密識別子で識別されるアプリケーションであり,送信先がローカル以外である場合に,当該フックしたシステムコールを破棄することによって当該送信を阻止し,そうでない場合に,当該フックしたシステムコールを開放する送信制御部と,を備えた機密管理装置。」

 

3.審決の内容(独自解釈)

 主引用例(特開2009-217433号公報)では、保護方法データベースは、アプリケーションの識別子を安全性の情報に関連付けて格納している。

 主引用例において、アプリケーションに対する識別子と安全性の情報の組み合わせは、本願発明の「機密事項を扱うアプリケーションを識別する機密識別子」に相当する。

 また、主引用例では、入力元の安全性(識別子に関連付けられた安全性)と出力先の安全性を比較して送信するかを決定することが記載されている。

 更に、送信先がローカルであれば送信を許可し,ローカル以外であれば送信を阻止すること自体は周知である。

 そうすると、主引用例において、入力元の安全性と出力先の安全性を比較して送信するかを決定する場合に、識別子が示す入力元の安全性の情報が最高レベルを示している時に(本願発明の「機密識別子で識別されるアプリケーションの送信処理を行う時」に相当)、送信先がローカルであれば送信を許可し,ローカル以外であれば送信を阻止することは、容易に想到できる。

 

4.反論の可能性(独自解釈)

 上記審決の論理は、そのまま読むと妥当であるように見え、反論の余地はなさそうに思える。

 

 これに対し、上記判例では、次のように審決を取り消している。

 審決によると、主引用例において、様々なバリエーションが考えられ、その1つのバリエーション(入力元の安全性と出力先の安全性を比較して送信するかを決定するというバリエーション)と周知と思われる事項(送信先がローカルであれば送信を許可し,ローカル以外であれば送信を阻止すること)との組み合わせにより、本願発明に至るとされている。

 しかし、技術的思想の観点から見ると、本願発明と主引用例に記載の発明(引用発明)とは、明確に相違する。

 「本願発明の根幹をなす技術的思想は,アプリケーションが機密事項を扱うか否かによって送信の可否を異にすることにあるといってよい。」ここで、「」内は上記判例からの抜粋です。

 これに対し、「引用発明の技術的思想は,入力元のアプリケーションと出力先の記憶領域とにそれぞれ設定された安全性を比較することにより,ファイルを保護対象とすべきか否かの判断を相対的かつ柔軟に行うことにある」ここで、「」内は上記判例からの抜粋です。

 このように、本願発明と引用発明とは、技術的思想が異なる。

 引用発明において本願発明の技術的思想に従って変更することは、引用発明の技術的思想に反する。すなわち、引用発明において、本願発明の技術的思想に従う変更をすると、次の(A)~(C)が成立する場合、(A)と(B)が満たされているので、(C)に関わらず、送信を阻止することになる。これは、引用発明の技術的思想に反する。引用発明の技術的思想に従うと、(A)~(C)が成立する場合、(A)と(C)が満たられているので、(B)に関わらず送信を実行することになるからである。

(A)入力元のアプリケーションに対応する安全性の情報(入力先の安全性)が機密(最高レベル)を示している。

(B)出力先がローカル以外である。

(C)出力先の安全性が入力先の安全性よりも低い。

 

 よって、主引用例において、本願発明になるような変更をすることの動機づけは無く、このような変更は容易でない。

 

弁理士 野村俊博