進歩性 容易そうに思える構成でも、当該構成と、これに関する他の構成とが互いに関連し合うことにより、主引用例や周知例に示唆されていない作用効果が得られている場合には、進歩性が認められる可能性が高い

進歩性 容易そうに思える構成でも、当該構成と、これに関する他の構成とが互いに関連し合うことにより、主引用例や周知例に示唆されていない作用効果が得られている場合には、進歩性が認められる可能性が高い

 

判例No. 51 平成27年(行ケ)第10127号 審決取消請求事件

 

以下は独自の見解です。

 

1.相違点

 本願発明では、流体排出経路を流体供給経路よりも狭くしているのに対し、主引用例では、この点が不明である。

 

 なお、本件発明は、特許第3138613号の訂正後の次の請求項1に係る発明です。

 

「【請求項1】レーザ発振器から出力されるレーザビームを集光光学部材を用いて集光させ,切断・溶接等の加工を行うレーザ加工装置において,前記レーザビームの伝送路に設けられ気体圧力により弾性変形するレーザビーム反射部材と,このレーザビーム反射部材の周囲部を支持し前記レーザビーム反射部材とともにレーザビーム反射面の反対側に空間を形成する反射部材支持部と,前記反射部材支持部に設けられ,この反射部材支持部の空間に気体を供給する流体供給手段と,気体供給圧力を連続的に切り換える電空弁と,前記反射部材支持部に設けられ,前記反射部材支持部の空間から気体を排出する流体排出手段とを備え,前記空間は流体供給経路及びこの流体供給経路と別体の流体排出経路を除き密閉構造とし,さらに前記空間は前記流体供給手段及び前記流体排出手段とともに出口を有する流体動作回路を構成して,前記流体排出経路を通過した気体は前記流体排出手段より外部に排出され,前記流体排出経路を前記流体供給経路よりも狭くすることにより,前記レーザビーム反射面の反対側に前記レーザビーム反射部材が弾性変形するに要する気体圧力をかけるように構成したことを特徴とするレーザ加工装置。」

 この「」内の記載は、上記判決文からの抜粋です。

2.争点

 流体排出経路を流体供給経路よりも狭くすることは、容易であるか否かが争われた。

 すなわち、圧力応答性の観点から,流体供給経路と流体排出経路の広狭は,周知例のノズル等に基づいて、当業者が必要に応じて適宜決定できるものであるかが争われた。

 

3.判示事項の概要

 周知例において,流体排出経路を流体供給経路よりも狭くすることは,開示も示唆もされていない。

 また、本願発明では、流体排出経路を流体供給経路よりも狭くすることにより、少ない流量の流体でレーザビーム反射面である鏡面の反対側に,レーザビーム反射部材に相当する金属円板が弾性変形するに要する圧力をかけることができる。この作用効果は、主引用例に記載も示唆もされていない。

 よって、主引用から,本件発明を容易に想到することはできない。

 

4.考察

 一見すると、流体排出経路を流体供給経路よりも狭くすることは、必要に応じて適宜に設計できる事項であるように思える。

 しかし、次のように、流体排出経路を流体供給経路よりも狭くすることと、他の構成とが関連し合うことにより特有の作用効果が得られると思う。

 

他の構成との関連による特有の作用効果:

「レーザビーム反射面の裏面(すなわち反射部材支持部)を内面の一部とする密閉空間が形成されている。この密閉空間に、流体供給経路と流体排出経路が異なる位置で連通しており、流体供給経路からの加圧流体をレーザビーム反射面の裏面に当てることで、レーザビーム反射面を弾性変形させ、その結果、レーザビーム径を変化させる。

 このような構成において、流体供給経路とは別の位置で密閉空間に連通する流体排出経路を狭くすることにより(すなわち、流体供給経路よりも狭くすることにより)、密閉空間の圧力低下を抑えられる。これにより、流体供給経路からレーザビーム反射面の裏面に当てる加圧流体の流量・圧力を変化させた場合のレーザビーム反射面の弾性変形高速応答性が得られ、さらに使用流量を低減できる。」

 

 このように一見して容易そうに思える構成でも、当該構成(上記判決では、「流体排出経路を流体供給経路よりも狭くすること」)と、当該構成に関する他の構成(上記判決では、「レーザビーム反射面の裏面を内面とする密閉空間」と「密閉空間に、流体供給経路と流体排出経路が異なる位置で連通していること」)とが互いに関連し合うことにより、主引用例や周知例に示唆されていない作用効果が得られている場合には、進歩性が認められる可能性が高いと思う。

 

弁理士 野村俊博

進歩性 除くクレーム 引用例と顕著に相違する技術的思想

進歩性 除くクレーム 引用例と顕著に相違する技術的思想

 

判例No. 50 平成29年(行ケ)第10032号 審決取消請求事件

 

以下は、上記判例についての独自の見解です。

 

1.本件発明の内容

 本件発明は、特許5212364号の請求項9に記載された訂正後の発明である。

 

訂正後の請求項9:

「導電性材料の製造方法であって,

前記方法が,

銀の粒子を含む第2導電性材料用組成物であって,前記銀の粒子が,2.0μm~15μmの平均粒径(メジアン径)を有する銀の粒子からなる第2導電性材料用組成物を,酸素,オゾン又は大気雰囲気下で150℃~320℃の範囲の温度で焼成して,前記銀の粒子が互いに隣接する部分において融着し(但し,銀フレークがその端部でのみ融着している場合を除く),それにより発生する空隙を有する導電性材料を得ることを含む方法。」

※下線は訂正により付加された事項

 

2.引用例との相違点

本件発明では、第2導電性材料用組成物の焼成により,銀の粒子が互いに隣接する部分において融着するが、銀フレークがその端部でのみ融着している場合を除くものであると特定されている。

これに対し、引用例1(特表2005-509293号公報)では、金属フレークをその端部でのみ焼結して、隣接する金属フレークの端部を融合すると特定されている点。

 

3.判決の独自解釈

 除くクレームによる訂正事項と他の事項とを合わせた事項が、技術的思想として、引用例1と顕著に異なる事項になったと思う。その結果、本件発明の進歩性が認められたと思う。

 すなわち、上記の請求項9において、除くクレームによる訂正事項と他の事項とを合わせた事項が、技術的思想として、引用例1と顕著に異なる事項「銀の粒子の平均粒径や焼成の際の雰囲気及び温度の条件を選択することによって,銀の粒子の融着する部位がその端部以外の部分となる導電性材料が得られる」になったと思う。

 

 次の『』内は、これに関する審査基準からの抜粋です。

 審査基準

『なお、「除くクレーム」とすることにより特許を受けることができる発明は、

引用発明と技術的思想としては顕著に異なり本来進歩性を有するが、たまたま引用発明と重なるような発明である。引用発明と技術的思想としては顕著に異なる発明ではない場合は、「除くクレーム」とすることによって進歩性欠如の拒絶理由が解消されることはほとんどないと考えられる。』

 

 また、次の「」内は、上記に関する判示事項の抜粋です。

「引用例1は,銀フレークを端部でのみ焼結させて,端部を融合させる方法を開示するにとどまり,焼成の際の雰囲気やその他の条件を選択することによって,銀の粒子の融着する部位がその端部以外の部分であり,端部でのみ融着する場合は除外された導電性材料が得られることを当業者に示唆するものではないから,引用発明1に基づいて,相違点9-Aに係る構成を想到することはできない。」

 

4.実務上の指針

 除くクレームによる補正をしなければ、引用例との相違を明確にできない場合には、除くクレームによる補正が有効になると思う。

 除くクレームによる補正を行う場合、除くクレームによる補正事項と他の事項とを合わせた事項が、技術的思想として、引用例と顕著に異なる事項になれば、その発明の進歩性が認められると思う。

 

弁理士 野村俊博

進歩性 阻害要因、効果の相違、着眼の相違

進歩性 阻害要因、効果の相違、着眼の相違

 

判例No. 49 平成23年(行ケ)第10425号 審決取消請求事件

 

以下は、上記判例についての独自の見解です。

 

1.本件発明の内容

 複数の図形の一部の図形のみをスクリーンに表示する場合に、複数の図形は仮想的な環内に配置され、仮想的な環を、前記スクリーンを含む平面内で回転させ、前記仮想的な環の回転軸は前記スクリーン外にある。

 

 詳しくは、本件発明は、特願平11-75264における次の請求項1に係る発明である。

 

「【請求項1】

複数の図形のうち一部の図形のみを同時に、知覚可能なように表示することができ、前記複数の図形を入れ替えて表示しなければならないスクリーンと;

前記複数の図形を前記スクリーン上で移動させるための移動手段とを具え、

前記移動手段は、前記複数の図形を前記スクリーン上に表示すべく回転移動させる手段によって構成され、

前記複数の図形は仮想的な環内に配置され、前記移動手段は、前記仮想的な環を、前記スクリーンを含む平面内で回転させるように構成され、前記仮想的な環の回転軸は前記スクリーン外にあり、前記仮想的な環の一部は前記スクリーン内に含まれ、これにより、前記スクリーンは、前記複数の図形のうち前記一部の図形のみを同時に、知覚可能なように表示することを特徴とする電子装置。」

 

2.主引用例(特開平9-97154)

 主引用例では、複数の図形の一部の図形のみをスクリーンに表示する場合に、複数の図形は仮想的な円筒の内周面上に配置され、円筒の中心側から見た円筒の内周面の一部をスクリーンに3次元的に表示させ、スクリーン外にある円筒の軸回りに円筒を回転させる。

 

3.相違点

 本件発明では、複数の図形が配置された仮想的な環は、スクリーンを含む平面内にあるので、二次元のものである。

 これに対し、主引用例では、複数の図形が配置された円筒の内周面は、三次元のものである。

 

4.進歩性の判断

 上記判例では、次のように、阻害要因を理由に、本件発明の進歩性を否定した審決に誤りがあるとしている。

 主引用例における記載X「2次元的なユーザインタフェースには,表現力に限界がある」は,二次元の仮想的な環を主引用例に適用することの阻害要因になる。

 よって、本件発明が主引用例から容易に想到できるとした審決には誤りがある(その結果、上記の請求項1の記載で特許第5199521号が成立している)。

 

5.実務上の指針

 主引用例において阻害要因があるかどうかを検討することは重要である。

 一見、上記判例のように本願発明が主引用例から容易に想到できそうに見えても、阻害要因となる記載が主引用例に存在していることがある。この場合には、阻害要因を主張して進歩性を主張できる。

 

 本願発明と主引用例との効果の相違を考慮すると、両者の着眼の相違が明確になり、その結果、阻害要因となる記載を探しやすくなったり、阻害要因が明確になったりすると思う。

 例えば、上記判例では、本件発明の明細書に記載されていない効果が考慮されている。すなわち、上記判例では、『「前記仮想的な環を,前記スクリーンを含む平面内で回転させるように構成され」ることにより,スクリーンに表示されるアイコンがスクリーンを含む平面内で回転移動する様子から,環の大きさ(半径)の直感的な把握が可能となるとの効果(以下「効果2」という。)を奏するものであることが理解できる』と述べられている。その上で、上記判例では、主引用例には阻害要因となる記載があると述べられている。

 これについて、効果の相違により、本件発明と主引用例との着眼の相違が明確になり、その結果、主引用例の上記記載Xが阻害要因であることが一層明確になっているように思う。

 したがって、例えば、主引用例のある記載が阻害要因であることを明確にするために、主引用例と本願発明の効果の相違に基づいて、両者の着眼が異なることを主張することも考えられる。この場合、本願発明の効果は、特許庁の審査基準で述べられているように、明細書に記載されていなくても、明細書又は図面の記載から推論できればよい。

 

弁理士 野村俊博

進歩性 発明の構成Aが容易そうに見えても、この構成Aが、引用文献に記載されていない着想Bに基づくものある場合には、この構成Aは容易ではない。

判例No. 48 平成23年(行ケ)第10273号 審決取消請求事件

 

進歩性 発明の構成Aが容易そうに見えても、この構成Aが、引用文献に記載されていない着想Bに基づくものある場合には、この構成Aは容易ではない。

 

以下は、上記判例についての独自の見解です。

 

1.本件発明の概要

 2次元面発光レーザアレイにおいて、面発光レーザ素子が,行方向と列方向に2次元状に配列される場合に、行方向に隣接するレーザ素子同士の隙間(上記特許出願ではメサ間と呼ばれている)を通る配線数が多いほど、当該隣接するレーザ素子同士の隙間を大きくする構成を採用している。

 これにより、全体のサイズを抑えながらより多素子化している。

 

2.引用文献について

 特開2007-242686号公報(以下、単に引用文献という)には、V C S E L アレイ(面発光レーザアレイ)について。次の記載がある。

 

 記載:「VCSELアレイが8×8個の面発光レーザ素子からなる場合、特許文献3で指摘されているように、最外周に位置する面発光レーザ素子の間を通過する配線の本数は、複数本とならざるを得ない。その結果、その分、面発光レーザ素子の間隔を広くとらなければならなくなり、2次元VCSELアレイのサイズが大きくなってしまう」

 

 しかし、引用文献の全記載は、面発光レーザアレイにおいて、面発光レーザ素子が等間隔で配列されていることを前提としていると思う。

 また、原告は、「走査対象であるレーザアレイのスポット間隔は等間隔にしようと考えるのが,通常の当業者の考え方である」と主張している。

 

3.判示事項の概要

 本件発明の次の構成Aは、次の着想Bに基づいて採用されている。

 

 構成A:

「前記面発光レーザ素子の個別駆動用の電気配線を配するためのメサ間の間隔が,前記メサ間を通過させる前記電気配線数に応じ,前記m行方向における間隔が大きくなるように割り振られた構成とする」

 ここで「」内は本件特許出願(特願2007-250663)の請求項1からの抜粋です。

 

 着想B:

「電子写真装置に用いられる2次元面発光レーザアレイにおいて、その発光スポットは主走査方向に等間隔に並んでいる必要はない」

 ここで「」内は上記本件特許出願からの抜粋です。

 

 これに対し、引用文献には、上記着想Bは記載されていない。

 また、引用文献では、発光スポット(面発光レーザ素子)は、ほぼ等間隔で配列されており、引用文献には、上記構成Aも記載されていない。

 したがって、上記着想Bに基づいて上記構成Aを採用することは引用文献から容易であると言えない。

 

3.実務上の指針

 構成Aは、隣接するレーザ素子同士の隙間(メサ間)を通す配線数の増加に応じて、この隙間を大きくするものであるので、当たり前のようにも思える。

 しかし、2次元面発光レーザアレイの分野においては、多数のレーザ素子を等間隔に配列するのが通常であるので、この等間隔を不要とする上記着想Bが重要視されたと思う。

 その結果、着想Bに基づく構成Aは、容易でないとされている。

 

 したがって、次のことが言えると思う。

「発明の構成Aが容易そうに見えても、この構成Aが、引用文献に記載されていない着想Bに基づくものある場合には、この構成Aは容易ではない」

 

 なお、簡単に思いつきそうな構成が、新規な着想に基づくものである場合には、上記特許出願のように、この構成を採用した発明の特許出願の明細書には、その着想も記載しておくのが良いと思う。明細書に着想の記載があれば、このような着想が進歩性の根拠になり、当該根拠の主張がし易くなると思うからである。

 

弁理士 野村俊博

権利範囲 「~部」が「~部材」に設けられているという請求項の記載は、「~部」が「~部材」の一部であると解釈され、「~部」を独立した部材とした製品は文言侵害を構成しない可能性がある。

判例No. 47 平成29年(ワ)第18184号 特許権侵害行為差止請求事件

 

権利範囲 「~部」が「~部材」に設けられているという請求項の記載は、「~部」が「~部材」の一部であると解釈され、「~部」を独立した部材とした製品は文言侵害を構成しない可能性がある。

 

以下は、上記判例についての独自の見解です。

 

1.本件発明の内容

 上記判例の対象である発明は、特許第4736091号の次の請求項1により特定される。

 

「【請求項1】

 変形性膝関節症患者の変形した大腿骨または脛骨に形成された切込みに挿入され,該切込みを拡大して移植物を挿入可能なスペースを形成する骨切術用開大器であって,

 先端に配置されたヒンジ部により相対的に揺動可能に連結された2対の揺動部材と,

 これら2対の揺動部材をそれぞれヒンジ部の軸線回りに開閉させる2つの開閉機構とを備え,

 前記2対の揺動部材が,前記ヒンジ部の軸線方向に着脱可能に組み合わせられており,

 前記2対の揺動部材の一方に,他方の揺動部材と組み合わせられたときに,該他方の揺動部材に係合する係合部が設けられている骨切術用開大器。」

 この請求項1の記載は、特許第4736091号から抜粋であるが、下線はここで付した。

 

 すなわち、本件発明では、2対の揺動部材のうち、一方の対の揺動部材に係合部を設けている。この係合部は、一方の対の揺動部材が他方の対の揺動部材と組み合わされたときに、他方の対の揺動部材に係合する。その結果、この係合方向に、一方の対の揺動部材が他方の対の揺動部材から外れないようになる。

 

2.判示事項の概要

(文言侵害の否定)

 本件発明の係合部は、揺動部材の一部であると解される。したがって、被告製品において係合部に対応する部材は、揺動部材の一部ではなく、独立した部材である。そのため、被告製品は、「係合部が揺動部材の一部である」という要件を充足しないので、文言侵害を構成しない。

 次の『』内は、これに関する上記判例からの判示事項の抜粋です。

 

『請求項1の「前記2対の揺動部材の一方に,…係合部が設けられている」との記載は,その一般的な意味に照らすと,「係合部」が揺動部材の一方の一部を構成していると解するのが自然であり,原告の主張するように,揺動部材とは別の部材が係合部を構成する場合まで含むと解するのは困難である。』

 

(均等侵害の肯定)

 本件発明の本質は、一方の対の揺動部材を他方の対の揺動部材と組み合わせるとともに、この時に一方の対の揺動部材を他方の対の揺動部材に係合させることにある。

 したがって、係合部が揺動部材の一部であるかどうかは、本質的部分ではない。したがって、均等侵害が成立するための第1要件が充足される。他の要件も充足されるので、被告製品は均等侵害を構成する。

 

3.実務上の指針

 「~部(上記判例では係合部)」がある部材に設けられていると請求項に記載すると、この「~部」を独立した部材とした製品は、文言侵害を構成しなくなる可能性が高い。

 そこで、「~部」がある部材(上記判例では揺動部材)の一部であっても独立した部材であってもよい場合に、この点を請求項と明細書に反映しておく。

 上記判例について、請求項1の「前記2対の揺動部材の一方に,他方の揺動部材と組み合わせられたときに,該他方の揺動部材に係合する係合部が設けられている」に代えて、例えば、「一方の対の揺動部材が他方の対の揺動部材に組み合わされたときに、両者を係合させる係合部を備える」と記載するのがよいと思う。合わせて、従属請求項又は明細書に「係合部は、揺動部材の一部であり、又は、揺動部材とは独立した部材である」と記載しておくのがよいと思う。

 

 一方、請求項に記載した「~部」が、ある部材の一部として記載されていることが理由で、この「~部」を独立した部材とした製品が、文言侵害を構成していなくても、次の場合には、均等侵害を主張できる可能性が十分にあると思う。

・「~部」が、ある部材の一部であるか独立した部材であるかが発明の本質でない場合。

 例えば、上記判例のように「~部」の機能(上記判例では、「2対の揺動部材同士を係合させるという機能」)が発明の本質である場合には、均等侵害となる可能性が十分にあると思う。

 

弁理士 野村俊博

進歩性 発明の課題の設定や着眼がユニークである場合には、当該課題を解決するための構成が容易であったとしても、当該発明が容易想到であるということはできない。

判例No. 46 平成22年(行ケ)第10075号審決取消請求事件

 

進歩性 発明の課題の設定や着眼がユニークである場合には、当該課題を解決するための構成が容易であったとしても、当該発明が容易想到であるということはできない。

 

以下は、上記判例についての独自の見解です。

 

1.実務上の指針

 発明の構成が容易であるとしてその進歩性が否定されても、当該発明の解決課題が、一般的には着眼しないユニークなものである場合、当該課題がユニークであることに基づいて発明の進歩性を主張できる。

 

 上記判例に倣うと、より詳しくは次の通り。

 対象発明が、構成A,Bを有し、構成Aが主引用例に記載され、構成Bが周知であり、主引用例の構成Aに周知の構成Bを適用することは容易であるとして、対象発明の進歩性が否定された場合を想定する。

 この場合、対象発明において、構成Bにより解決される課題が、主引用例に何ら示唆されておらず、一般的には着眼しないユニークなものである場合、対象発明が容易とは言えないので、その旨を反論できる。

 

3.本件発明の内容

 上記判決で対象となった本件発明は、次の通りです。

 

「【請求項1】

金属製フィルター枠と,該金属製フィルター枠に設けられた開口を覆って,該

金属製フィルター枠に接着されている不織布製フィルター材とよりなる換気扇

フィルターにおいて,該金属製フィルター枠と該不織布製フィルター材とは,

皮膜形成性重合体を含む水性エマルジョン系接着剤を用いて接着されているこ

とを特徴とする換気扇フィルター。」

 ここで、「」内は、特許3561899号公報からの抜粋です。

 

 すなわち、本件発明は、次の構成A,Bを有する。

 構成A:「金属製フィルター枠と,該金属製フィルター枠に設けられた開口を覆って,該金属製フィルター枠に接着されている不織布製フィルター材とよりなる換気扇フィルターにおいて,該金属製フィルター枠と該不織布製フィルター材とは,接着剤を用いて接着されている」

 

 構成B:「皮膜形成性重合体を含む水性エマルジョン系接着剤を用いている」

 

 構成Bの水性エマルジョン系接着剤は、水が付与されると、接着力が低下する性質を持つので、使用後の換気扇フィルターを水に浸漬することにより,容易に金属製フィルター枠と不織布製フィルター材とを分離できる。これにより、次の課題が解決される。

 

課題:「金属製フィルター枠と不織布製フィルター材とが接着剤で接着されている換気扇フィルターにおいて,通常の状態では強固に接着されているが,使用後は容易に両者を分別し得るようにして,素材毎に分別して廃棄することを可能とすること」

 

3.本件発明に対する主引用例と周知技術

 主引用例には、上記構成Aが記載されているが、上記構成Bは記載されていない。

 周知技術を示す副引用例には、上記構成Bが記載されている。

 

2.上記判例の概要

 上記判決では、次のことが前提として述べられている(ここで、『』内は、上記判決からの抜粋です。『』内の下線はここで付しました)。

 

前提

『当該発明における,主たる引用例と相違する構成(当該発明の構成上の特徴)は,従来技術では解決できなかった課題を解決するために,新たな技術的構成を付加ないし変更するものであるから,容易想到性の有無の判断するに当たっては,当該発明が目的とした解決課題(作用・効果等)を的確に把握した上で,それとの関係で「解決課題の設定が容易であったか」及び「課題解決のために特定の構成を採用することが容易であったか否か」を総合的に判断することが必要かつ不可欠となる。上記のとおり,当該発明が容易に想到できたか否かは総合的な判断であるから,当該発明が容易であったとするためには,「課題解決のために特定の構成を採用することが容易であった」ことのみでは十分ではなく,「解決課題の設定が容易であった」ことも必要となる場合がある。すなわち,たとえ「課題解決のために特定の構成を採用することが容易であった」としても,「解決課題の設定・着眼がユニークであった場合」(例えば,一般には着想しない課題を設定した場合等)には,当然には,当該発明が容易想到であるということはできない。

 

 上記の前提の後、次のように判断している。

 本件発明の上記課題は、主引用例にも副引用例にも示唆されていない。

 更に、他の公知文献には、金属製フィルター枠と不織布製フィルター材とを一体物としてゴミ出しをしても問題が生じることがないようにして,作業を性を高めるものようにする手段が記載されている。この公知文献は、解決課題の設定及び解決手段が,本件発明と全く逆である。

 以上のように、本件発明の解決課題を設けることが、どの文献にも示されていない以上,当業者において,主引用例に、副引用例の構成Bを適用することによって,本件発明に想到することが容易であったとすることはできない。

 

弁理士 野村俊博

進歩性 本願発明と比較される引用発明が引用文献に記載されているといえるためには、引用文献の記載及び技術常識に基づいて、その物を作れることが必要である。

判例No. 45 平成29年(行ケ)第10117号 特許取消決定取消請求事件

 

進歩性 本願発明と比較される引用発明が引用文献に記載されているといえるためには、引用文献の記載及び技術常識に基づいて、その物を作れることが必要である。

 

以下は、上記判例についての独自の見解です。

 

1.実務上の指針

 引用文献に記載の引用発明に基づいて、本願発明の新規性又は進歩性が否定されている場合、次の(i)に該当すれば、その旨を反論できる余地がある。

 

(i)引用文献に記載の引用発明は具体的ではなく抽象的であり、引用文献の記載と技術常識から直ちに引用発明を作ることができず、引用発明を作るには試行錯誤が必要である。

 

2.上記判例の概要(独自解釈)

 まず、前提として、次のことが述べられている。

「刊行物に物の発明が記載されているといえるためには,刊行物の記載及び本件特許の出願時(以下「本件出願時」という。)の技術常識に基づいて,当業者がその物を作れることが必要である。」

 この「」内は、上記判例からの抜粋です。

 

 次に本件の場合を次のように判断されている。

 前審の取消決定では,引用例1に記載の引用発明1を、P1タンパク質に対するモノクローナル抗体を用いて患者サンプル中のマイコプラズマ・ニューモニエの検出を行うラテラルフローデバイスに関する発明として認定している。

 しかし、このようなラテラルフローデバイスでは、異なる二つのモノクローナル抗体の適切な組み合わせで抗原を挟み込むサンドイッチ複合体を形成することが必要である。これについて、引用例1には、このようなサンドイッチ複合体を形成可能な具体的なモノクローナル抗体の組み合せが記載されていない。

 したがって、上記サンドイッチ複合体を形成可能なモノクローナル抗体の組合せを、試行錯誤によって,見つけ出す必要があるので、引用例1の記載及び本件出願時の技術常識から,引用発明1のラテラルフローデバイスを直ちに作ることができない。

 よって,引用例1にラテラルフローデバイスが記載されているとはいえない。

 

弁理士 野村俊博

進歩性:対象発明の構成要素Aと主引用例の構成要素A’とが、上位概念で共通していても、構成要素Aと構成要素A’とが性質の程度の点で相違することにより、主引用例において、構成要素A’を構成要素Aに置換した場合に主引用例の効果が得られない場合には、この置換は、容易に想到できる事項ではない。

判例No. 44 平成29年(行ケ)第10212号 審決取消請求事件

 

進歩性:対象発明の構成要素Aと主引用例の構成要素A’とが、上位概念で共通していても、構成要素Aと構成要素A’とが性質の程度の点で相違することにより、主引用例において、構成要素A’を構成要素Aに置換した場合に主引用例の効果が得られない場合には、この置換は、容易に想到できる事項ではない。

 

以下は、上記判例についての独自の見解です。

 

1.本件発明

 特許第5569848号における訂正後の請求項1は、次の通り。

【請求項1】

 黒ショウガ成分を含有する粒子を芯材として,その表面の全部を,ナタネ

油あるいはパーム油を含むコート剤にて被覆したことを特徴とする組成物。

 

 以下で、この請求項1に係る発明を本件発明という。

 

本件発明の効果:

 油脂を含むコート剤で、上述の黒ショウガ成分含有コアの表面の全部を被覆することにより、黒ショウガ成分に含まれるポリフェノール類の体内への吸収性が高まる。

 

2.主引用例

 主引用例のポリフェノール類製剤は、ポリフェノール類微細粒子(本件発明の「黒ショウガ成分を含有する粒子」に対応)の全周囲表面上に均質な油脂被覆剤層(例えばパーム油脂)を形成したものである。

 

 ポリフェノール類微細粒子(一例では、茶ポリフェノール粒子)を油脂被覆剤層で覆うことにより、次の効果が得られる。

 効果:ポリフェノール類に特有の渋味・苦味が消される。

 

3.公知の事実

 黒ショウガにポリフェノールが含まれることは公知である。

 

4.進歩性の判断の独自解釈

 上記判決において進歩性有りとされた一番の決め手は、本件発明の「黒ショウガ成分を含有する粒子」と主引用例の「ポリフェノール類微細粒子(一例では、茶ポリフェノール粒子)」とが、ポリフェノール類を含む粒子という上位概念では共通するが、性質の程度の点で相違していることにあったと思う。

 すなわち、ポリフェノールの含有量は、本件発明の黒ショウガでは1%にも満たないのに対し、主引用例では1%以上(茶では10~18%程度、ブドウ種子では5%程度)である点で、両者は相違する。

 この相違により、本件発明の「黒ショウガ成分を含有する粒子」には、ポリフェノール類に特有の渋味・苦味があるとは言えず、「黒ショウガ成分を含有する粒子」の渋味・苦味を消すために、当該粒子を、油脂を含むコート剤で被覆する動機づけは主引用例には無いとされた。すなわち、主引用例において、ポリフェノール類微細粒子(一例では、茶ポリフェノール粒子)を「黒ショウガ成分を含有する粒子」に置換する動機づけは無いとされた。

 その結果、上記判決では、本件発明の効果を考慮しなくても、本件発明は、主引用例及び公知技術から容易に想到できたものではないとされた。

 (なお、前審である無効審判では、本件発明の効果が、当業者が予測し得ない格別顕著なものであるということが考慮されたことで、本件発明の進歩性が肯定された)。

 

 したがって、次のことがいえると思う。

 対象発明の構成要素Aと主引用例の構成要素A’とが、上位概念(上記判決では、ポリフェノール類を含む粒子という上位概念)では共通していても、構成要素Aと構成要素A’とが性質の程度(上記判決では、ポリフェノール類の含有量)の点で相違することにより、主引用例において、構成要素A’を構成要素Aに置換した場合に主引用例の効果が得られない場合には、上記置換は、容易に想到できる事項ではない。

 

 なお、上記と関連して、対象発明と主引用例とで性質の程度が違うことにより技術的意義が相違するという理由で、対象発明の進歩性が肯定された判決を、次のブログに記載しています。

進歩性 構成が同じに見えても技術的意義が異なれば特許になる - hanreimatome_t’s blog

 

弁理士 野村俊博

進歩性 本願発明において、構成Aと構成Bが互いに関係している場合に、構成Aと関係なく単に構成Bが副引用例に記載されていることに基づいて,主引用例において構成Bを採用することに容易に想到し得たものということはできない。

判例No. 43 平成29年(行ケ)第10201号 審決取消請求事件

 進歩性:本願発明において、構成Aと構成Bが互いに関係している場合に、構成Aと関係なく単に構成Bが副引用例に記載されていることに基づいて,主引用例において構成Bを採用することに容易に想到し得たものということはできない。

 

 

 以下は、上記判例に関する独自の見解です。

1.本件発明の内容

 本件発明は、特許第5356625号の訂正後の請求項1に係る発明である。

 すなわち、本件発明は、肌をマッサージする一対のボールをハンドルの先端部で軸線まわりに回転可能に支持し、ボールの各軸線をハンドルの中心線に対して前傾させ,各ボールは,非貫通状態でボール支持軸に軸受部材を介して支持されている。

 訂正後の請求項1は、詳しくは、次のように記載されている。

 

【請求項1】

「ハンドルの先端部に一対のボールを,相互間隔をおいてそれぞれ一軸線を中心に回転可能に支持した美容器において,

 往復動作中にボールの軸線が肌面に対して一定角度を維持できるように,ボールの軸線をハンドルの中心線に対して前傾させて構成し,

 一対のボール支持軸の開き角度を65~80度,一対のボールの外周面間の間隔を10~13mmとし,

 前記ボールは,非貫通状態でボール支持軸に軸受部材を介して支持されており,

 ボールの外周面を肌に押し当ててハンドルの先端から基端方向に移動させることにより肌が摘み上げられるようにした

 ことを特徴とする美容器。」

 

 本件発明では、次の構成Aと構成Bとが互いに関係している。

 

構成A:

「ボールの軸線をハンドルの中心線に対して前傾させ、一対のボール支持軸の開き角度を65~80度,一対のボールの外周面間の間隔を10~13mmとし」

 

構成B:

「ボールは,非貫通状態でボール支持軸に軸受部材を介して支持されており」

 

 構成Aのため、肌面に対するハンドルの傾き角度によってはボール支持軸が肌に当たってしまい、ボールはスムーズに回転できなくなり、円滑なマッサージが妨げられてしまう。

 この問題に対して、本件発明では、構成Bを採用している。構成Bにより、ボール支持軸はボールの内部に配置されているので、ハンドルの傾き角度に係わらず、ボール支持軸は肌に当たらないようになる。

 

2.主引用例との対比

 主引用例には、構成Aに似た構成が記載されているが、構成Bは記載されていない。

 

3.副引用例との対比

 副引用例には、構成Aは全く記載されていないが、構成Bは記載されている。

 

4.判示事項

 本件発明では、構成Aのため、肌面に対するハンドルの傾き角度によってはボール支持軸が肌に当たってしまい、ボールはスムーズに回転できなくなり、円滑なマッサージが妨げられてしまう。すなわち、構成Aは、ボール支持軸が肌に接触してしまう構成である。

 このような構成Aの問題に対して、本件発明では、構成Bを採用している。構成Bにより、ボール支持軸はボールの内部に配置されているので、ハンドルの傾き角度に係わらず、ボール支持軸は肌に当たらないようになる。

 

 したがって、本件発明において、構成Bと構成Aは、「それぞれ別個独立に捉えられるべきものではなく,相互に関連性を有するものとして理解・把握するのが相当である」。

 ここで、「」内は上記判決からの抜粋です。

 

 よって、副引用例において構成Aと関係なく単に構成Bが記載されていることに基づいて,構成Bを主引用例において採用することに当業者が容易に想到し得たということはできない。

 

5.実務上の指針

 したがって、本願発明において構成Aと構成Bが互いに関係しており、構成Aと関係なく単に構成Bが副引用例に記載されている場合に、次のような拒絶理由通知が来た場合には、上記判例に基づいて反論できる可能性がある。

 

拒絶理由通知:

「主引用例に副引用例の構成Bを採用することで、本願発明に容易に想到できる。」

 

弁理士 野村俊博

進歩性 一般的要請に基づいて周知技術を引用発明に適用する場合に、当該周知技術が引用発明の前提になじまない場合には、当該適用は容易ではない。

判例No. 42平成18年(行ケ)第10488号審決取消請求事件

進歩性 一般的要請に基づいて周知技術を引用発明に適用する場合に、当該周知技術が引用発明の前提になじまない場合には、当該適用は容易ではない。

 

 以下は、上記判例に関する独自の見解です。

 

1.実務上の指針

 引用発明に周知技術を適用することにより、本願発明に容易に想到できる旨の拒絶理由通知を受けた場合に、次の(1)を検討する。

 

(1)引用発明の前提が、周知技術になじまないものであるかを確認する。すなわち、引用発明の前提となる制御又は構成が、周知技術の制御又は構成に反するものであるかを確認する。

 

(2)引用発明の前提が周知技術になじまなない場合には、周知技術を引用発明に適用する阻害要因があるので、当該適用は容易ではない。

 

2.前審である審決で認定された相違点

 本願発明では、発光素子がPWM調光駆動されるに対し、引用発明(国際公開第01/45470号に記載の発明)では、発光素子のPWM調光駆動については記載されていない。

 

3.上記判決で認定された引用発明の内容

 引用発明では、商用交流電流から、その電圧が一定値以上となる一部期間でのみ電力をLEDランプに供給することにより高効率な電力供給を実現する構成において、LEDランプに流れる電流を一定にすること、すなわち、LEDランプの連続的な点灯を前提としている。

 

4.争点

 当業者にとって、周知技術のPWM調光技術を引用発明に適用することが容易であるか否か。

 

5.判示事項

 引用発明では、LEDランプに流れる電流が一定となるように制御されることを前提としているのに対し、PWM調光駆動では、LEDに流れる電流をオン・オフさせる制御を行うのであるから,制御の方法において両者はなじまない。

 したがって、発光強度を調節するという一般的要請があり、その手段としてPWM調光技術が周知であったとしても、引用発明にPWM調光技術を適用することを妨げる事情(阻害要因)がある。

 よって、一般的要請に基づいて周知技術のPWM調光技術を引用発明に適用することは容易でない。

 

弁理士 野村俊博

権利範囲 請求項において機能又は作用効果のみによって表現された事項には、明細書及び図面の開示内容から当業者が実施できない構成は含まれない。広い権利範囲を確保するために、上位概念では共通するが、具体的構成では、互いに異なる技術的思想(アイデア)による構成を明細書や図面に記載する。

判例No. 41 平成17年(ワ)第22834号債務不存在確認等請求事件

 

権利範囲 請求項において機能又は作用効果のみによって表現された事項には、明細書及び図面の開示内容から当業者が実施できない構成は含まれない。広い権利範囲を確保するために、上位概念では共通するが、具体的構成では、互いに異なる技術的思想(アイデア)による構成を明細書や図面に記載する。

 

以下は、独自の見解です。

 

1.本件発明について

 本件発明では、係止体により、地震時に、扉がわずかに開いた位置を越えて開くことを許容しない状態を保持し、地震のゆれがなくなると、扉が開くことを許容する。

 すなわち、本件発明は、特許第3650955号の請求項1において、次のように特定されている。

 

「【請求項1】

 地震時に扉等がばたつくロック状態となるロック方法において棚本体側に取り付けられた装置本体の扉等が閉じられた状態からわずかに開かれるまで当たらない係止体が地震時に扉等の開く動きを許容しない状態になり,前記係止体は扉等の戻る動きとは独立し扉等の戻る動きで解除されず地震時に扉等の開く動きを許容しない状態を保持し,地震のゆれがなくなることにより扉等の戻る動きと関係なく前記係止体は扉等の開く動きを許容して動き可能な状態になる扉等の地震時ロック方法。」

 

 下線部は、本判決における争点となった構成要件Dであり、ここで付した。

 

2.争点

 対象製品が、上記請求項1における構成要件D「地震のゆれがなくなることにより扉等の戻る動きと関係なく前記係止体は扉等の開く動きを許容して動き可能な状態になる」を充足するか否かが争点になった。

 

3.本件発明の具体的構成

 本件発明について、その明細書と図面には、次の構成が記載されている。

 地震時に、球が、地震の揺れにより第1領域へ転動して、係止体を押して扉に係合させる係合位置へ揺動させる。これにより、係止体は、扉の開く動きを許容しない。

 また、球の案内路の形状により、球は、地震の揺れが扉を開く方向である時には扉が開くよりも早く第1領域へ移動し、地震の揺れが扉を閉じる方向である時にはゆっくりと、係止体から離間する第2領域の側へ移動する。これにより、地時の揺れが継続している間は、球は第1領域にあり、係止体は、扉の開く動きを許容しない係合位置に保持される。

 地震がなくなると、球は、自重で案内路に沿って転動して、第2領域に移動し、その結果、係止体は、自重で揺動して扉から離間する。これにより、係止体は、扉の開く動きを許容する。すなわち、上記構成要件D「地震のゆれがなくなることにより扉等の戻る動きと関係なく前記係止体は扉等の開く動きを許容して動き可能な状態になる」が達成される。

 

4.対象製品(原告製品)の構成

 対象製品では、本件発明の具体的構成の球の代わりに、2つの感震体(倒立分銅)を用いている。各感震体は、地震の揺れにより転がり、係止体を押して揺動させ扉に係合させる係合位置へ移動させる。これにより、係止体は、扉の開く動きを許容しない。

 2つの感震体は、地震時に互いに異なる周期で揺れるので、一方の感震体が係止体から離間する離間位置に揺動しても、他方の感震体が係止体を押して係合位置に保持する位置に揺動している。これにより、地震の揺れが継続している間は、少なくともいずれかの感震体により、係止体は係合位置に保持される。

 地震がなくなると、いずれの感震体も、自重で、係止体を扉に係合させない元の離間位置に戻り、これにより、係止体は、扉の開く動きを許容する。すなわち、上記構成要件D「地震のゆれがなくなることにより扉等の戻る動きと関係なく前記係止体は扉等の開く動きを許容して動き可能な状態になる」が達成される。

 

5.対比

 上述のように、本件発明の具体的構成は、揺れの向きに応じて球の転動速度を変えるという技術的思想(アイデア)で、上記構成要件Dを達成しているのに対し、対象製品は、2つの感震体が異なる周期で揺動するという異なるアイデアで、上記構成要件Dを達成している。

 

 本件発明の明細書や図面には、揺れの向きに応じて球の転動速度を変えるための、球の案内路について、多数のバリエーションが記載されているが、対象製品の構成(2つの感震体)は記載されていない。

 

6.判示事項の独自解釈

 請求項において機能又は作用効果のみによって表現された事項には、明細書及び図面の開示内容から当業者が実施できない構成は含まれない。

 

 請求項において機能又は作用効果のみによって表現された事項の技術的範囲は、明細書及び図面に開示されている具体的な構成に示されているアイデア(技術思想)に基づいて確定される。

 

 本件発明の明細書及び図面には、揺れの向きに応じて球の転動速度を変えるというアイデアによる具体的構成だけが開示されている。

 すなわち、本件発明の明細書及び図面には、2つの感震体が異なる周期で揺動するという異なるアイデアによる具体的構成は開示されていない。

 したがって、上位概念(構成要件D)では、本件発明と、対象製品は共通していても、下位概念(具体的構成)では、本件発明のアイデアと対象製品のアイデアは相違している。

 そうすると、本件発明の構成要件Dの技術的範囲は、その具体的構成のアイデアに基づくものであり、これと異なるアイデアの対象製品の構成を含まない。

 

 これについて、以下の『』内は上記判決からの抜粋です。なお、以下の下線は新たに付しました。

 

『構成要件Dは、本件発明の目的そのものを記載したものであり、機能又は作用効果のみを表現しており,本件発明の目的を達成するために必要な具体的な構成を明らかにするものではない。

 特許請求の範囲に記載された発明の構成が機能的,抽象的な表現で記載されている場合において,当該機能ないし作用効果を果たし得る構成であればすべてその技術的範囲に含まれると解すると,明細書に開示されていない技術思想に属する構成まで発明の技術的範囲に含まれ得ることになり,出願人が発明した範囲を超えて特許権による保護を与える結果となりかねないが,このような結果が生ずることは,特許権に基づく発明者の独占権は当該発明を公衆に対して開示することの代償として与えられるという特許法の理念に反することとなる。したがって,特許請求の範囲が上記のような表現で記載されている場合には,その記載のみによって発明の技術的範囲を明らかにすることはできず,上記記載に加えて明細書の発明の詳細な説明及び図面の記載を参酌し,そこに開示された具体的な構成に示されている技術思想に基づいて当該発明の技術的範囲を確定すべきである。具体的には,明細書及び図面に開示された構成及びそれらの記載から当業者が実施し得る構成が当該発明の技術的範囲に含まれると解するのが相当である。』

 

7.実務上の指針

 請求項において機能又は作用効果のみによって表現された事項の技術的範囲を広く確保するために、その具体的構成を、互いに異なるアイデア(技術的使用)の観点から記載できるかどうかを検討する。

 すなわち、互いに異なるアイデアに基づく複数の具体的構成を明細書や図面に記載しておく。

 

なお、権利範囲に関する過去のブログには、次のものがあります。

権利範囲の解釈に発明の課題及び作用効果が考慮される - hanreimatome_t’s blog

権利範囲 請求項において明確な用語も明細書を参酌して解釈される。 - hanreimatome_t’s blog

 

弁理士 野村俊博

ある変更が一般的には単なる設計変更であっても、その変更を特定の主引用例で行うと、主引用例の技術的意義が変動する場合には、その変更は単なる設計事項ではない。

判例No. 40平成29年(行ケ)第10139号 審決取消請求事件

 

 ある変更(本判例では、処理の順序の入れ替え)が一般的には単なる設計変更であっても、その変更を特定の主引用例で行うと、主引用例の技術的意義が変動する場合には、その変更は単なる設計事項ではない。

 

以下は、独自の見解です。

 

1.本件発明の内容

 特願2014-509742号の請求項1は、次の「」内のように記載されている。

 この請求項1に係る発明を以下で本件発明という。

 

「レーダー送信機及びレーダー受信機を備えるレーダーセンサを用いてホスト自動車の外部の環境で1又は複数のターゲット物体をモニタリングするための装置であって,

前記装置は,前記ホスト自動車と前記1又は複数のターゲット物体との間の所定の相対移動の検知に応答して少なくとも1のアクションを始動するように構成され,

前記装置は,前記ホスト自動車の延伸軸からの前記ターゲット物体又は各ターゲット物体の距離である横方向オフセット値を判断し,前記横方向オフセット値に基づいて前記少なくとも1のアクションの始動が行われないように,前記少なくとも1のアクションの始動を無効にし,

前記装置は,前記レーダーセンサの出力に応じて前記ターゲット物体又は各ターゲット物体の前記横方向オフセット値を判断するように構成された装置。」

 

すなわち、本件発明では、自動車の制御において、処理1「ターゲット物体との相対移動の検知に応答してアクションを始動させる」を行い、その後に,処理2「ターゲット物体の横方向オフセット値に基づいて(自車線上にターゲット物体が存在物しない場合に)アクションの始動を無効にする」を行っている。

 

2.主引用例(特開2005-28992号公報)の内容

 自動車の制御において、処理A「認識された存在物が自車線上の存在物であるか否かという条件の充足性が判断され」,その後に、処理B「自車両の速度,ブレーキ操作部材の操作の有無,自車両と直前存在物との衝突時間や車間時間等の条件に応じて,特定のACC制御やPCS制御が開始され,又は開始されない」を行っている。

 

3.本件発明と主引用例との相違点

本件発明では,処理1の後に処理2を行っているのに対し、主引用例では、処理A(処理2に対応)の後に処理B(処理1に対応)を行っている。

 

4.審決の判断

次の『』内は本判決の前審である審決からの抜粋です。

『「作動」を「開始」する(「アクションの始動が行われ」るようにする)か否かの判断の対象とすべき特定存在物(ターゲット)の「絞込み」を、事前に(つまり、ACC制御、PCS制御等の衝突対応制御が行われることを事前に停止させるために)行うか、事後に(つまり、ACC制御、PCS制御等の衝突対応制御が行なわれ、作動装置を作動させるための信号が生成されるが、信号の出力は阻止される)行うかは、通常行いうる設計変更と認められる』

 

 すなわち、審決では、処理の順序の入れ替えは、単なる設計変更であると判断されている。

 

5.判決の概要(独自解釈)

 主引用例を本件発明に至らせるには、主引用例において処理A,Bの順序を入れ替える必要がある。

 処理の順序を入れ替えることが単なる設計変更であったとしても、主引用例において処理A,Bの順序を入れ替えることは単なる設計変更ではない。

 主引用例において処理A,Bを入れ替えると、処理負荷が増大し、主引用例の技術的意義「処理A,Bの順序により処理負担を軽減できる」が変動(喪失)してしまうからである。

 なお、より詳しくは、主引用例において、処理A,Bを入れ替えると、認識された多数の存在物について処理Bを行う必要があるので、処理負荷が増大してしまう。

 

6.考察

 主引用例の技術的意義が失われる変更は、主引用例から動機づけられないと思う。

 したがって、「処理の順序を入れ替えることが単なる設計変更であったとしても、その入れ替えを特定の主引用例で行うと、主引用例の技術的意義が変動する場合には、主引用例において処理の順序を入れ替えることは単なる設計変更ではない」を、次のように一般化できるように思う。

 

 ある変更が一般的には単なる設計変更であっても、その変更を特定の主引用例で行うと、主引用例の技術的意義が変動(喪失)する場合には、その変更は単なる設計事項ではない。

 

弁理士 野村俊博

副引用例に、複数の構成①~③が記載され、当該構成毎に、その効果が記載されている場合でも、副引用例の明細書に、発明の効果として、構成①~③により、これらの効果を統合したものが得られると記載されている場合は、構成①~③は不可分のものである。したがって、副引用例から構成①のみを抽出して主引用例に適用することは容易でない。

副引用例に、複数の構成①~③が記載され、当該構成毎に、その効果が記載されている場合でも、副引用例の明細書に、発明の効果として、構成①~③により、これらの効果を統合したものが得られると記載されている場合は、構成①~③は不可分のものである。したがって、副引用例から構成①のみを抽出して主引用例に適用することは容易でない。

 

判例No. 39平成29年(行ケ)第10120号  審決取消請求事件

 

以下は、独自の見解です。

 

1.審決の概要

 当業者は、副引用例(特開昭62-152906号公報)に記載された構成①を主引用例(特開2011-207283号公報)に適用することにより、本件発明に容易に想到できる。

 

2.副引用例の記載

 副引用例には、乗用車のタイヤに関して、次の構成①~③が記載されている。

 

構成①:「溝面積比率を25%とし、しかも、踏面幅Tの50%以内の領域Wの全溝面積比率を残りの領域の全溝面積比率の3倍とする」

 ここで、「」内は副引用例からの抜粋です。

 

構成②:「ストレート溝aと副溝bとにより区画されたブロック1の表面に独立カーフをタイヤ幅方向FF’に形成した」

 ここで、「」内は副引用例からの抜粋です。

 

構成③:「ブロック1の各辺とカーフcの各辺(実質的にカーフcの両側)のタイヤ幅方向FF’全投影長さLGとタイヤ周方向EE’の全投影長さCGとの比LG/CG=2.5とした」

 ここで、「」内は副引用例からの抜粋です。

 

 また、副引用例には、構成①~③毎に、その効果が次のような内容で記載されている。

 構成①により、耐摩耗性能を向上させ、乗心地性能及び湿潤路走行性能の低下を抑えることができる

 構成②により、良好な乗心地性能を享受でき、乾路走行性能を向上させることができる。

 構成③により、湿潤路走行性能を向上させることができる。

 

 更に、副引用例には、その目的と効果が次のような内容で記載されている。

 副引用例の発明は、耐摩耗性能、乗心地性能、湿潤路走行性能、および乾路走行性能を向上させることを目的としている。

 副引用例の発明は、構成①~③により、耐摩耗性能、乗心地性能、湿潤路走行性能、および乾路走行性能を向上させることができる。

 

3.上記判決の概要

 「副引用例の記載を鑑みると、構成①~③は不可分のものであり、構成①のみを抜き出して、副引用例に構成①が開示されていると認めることはできない」と、判示されていると解釈する。

 なお、上記判決によると、構成①~③は不可分であること以外に、副引用例はブロックパターンのタイヤであることも前提(不可分)であるとして、構成①のみを抜き出して、副引用例に構成①が開示されていると認めることはできないとされている。

 しかし、上記判決において、構成①~③は不可分であると述べられているので、ブロックパターンの前提を考慮しなくても、副引用例から構成①のみを抜き出すことは容易ではないと思う。

 

 上記に関する上記判決文からの抜粋は、次の「」内の通りです。当該「」内において甲4は副引用例のことであり、①ないし③は上記の構成①~③のことです。

 

「①ないし③の技術的事項は,甲4に記載された課題を解決するための構成として不可分のものであり,これらの構成全てを備えることにより,耐摩耗性能を向上せしめるとともに,乾燥路走行性能,湿潤路走行性能及び乗心地性能をも向上せしめた乗用車用空気入りラジアルタイヤを提供するという,甲4記載の発明の課題を解決したものと理解することが自然である。したがって,甲4技術Aから,ブロックパターンを前提とした技術であることを捨象し,さらに,溝面積比率に係る技術的事項のみを抜き出して,甲4に甲4技術が開示されていると認めることはできない。」

 

なお、関連する過去のブログには、次のものがあります。

進歩性 一体不可分の複数の構成から一部の構成だけを分離するのは、容易でない。 - hanreimatome_t’s blog

進歩性 引用例において、ひとまとまりの構成の一部のみを把握することはできない。 - hanreimatome_t’s blog

 

弁理士 野村俊博

主引用例の構成要素Aと副引用例の構成要素Bとで、用途や構造が共通していても、構成要素Bを主引用例の構成要素Aに直ちに適用可能とは言えず、主引用例の構成要素Aに構成要素Bの機能を持たせることの合理的理由がなければ、この適用は容易でない。

主引用例の構成要素Aと副引用例の構成要素Bとで、用途や構造が共通していても、構成要素Bを主引用例の構成要素Aに直ちに適用可能とは言えず、主引用例の構成要素Aに構成要素Bの機能を持たせることの合理的理由がなければ、この適用は容易でない。

 

判例No. 38平成27年(行ケ)第10009号 審決取消請求事件

以下は、独自の見解です。

 

1.本件発明(特許第5337221号の請求項1)の内容

 特許第5337221号の請求項1は、次の「」内の通りです。ただし、下線はここで付しました。

「シリンダ本体と,このシリンダ本体に進退可能に装備された出力部材と,この出力部材を進出側と退入側の少なくとも一方に駆動する為の流体室とを有する流体圧シリンダにおいて,

前記シリンダ本体内に形成され且つ一端部に加圧エアが供給され他端部が外界に連通したエア通路と,このエア通路を開閉可能な開閉弁機構とを備え,

前記開閉弁機構は,前記シリンダ本体に形成した装着孔に進退可能に装着され

且つ先端部が前記流体室に突出する弁体と,この弁体が当接可能な弁座と,前記

流体室の流体圧によって前記弁体を前記出力部材側に進出させた状態に保持する

流体圧導入室と,前記流体室と前記流体圧導入室とを連通させる流体圧導入路と

を備え,

前記出力部材が所定の位置に達したときに,前記出力部材により前記弁体を移

動させて前記開閉弁機構の開閉状態を切り換え,前記エア通路のエア圧の圧力変

化を介して前記出力部材が前記所定の位置に達し,前記所定の位置にあることを

検知可能に構成したことを特徴とする流体圧シリンダ。」

 

2.主引用例(米国特許第3,540,348)の内容

 シリンダ内で往復動するピストンがシリンダ室の一端に達すると当該ピストンの動作に二方パイロット弁が機械的に連動することによりシリンダ室への流体圧供給を切り換えて、ピストンの動きを反転させる。これにより、ピストンは自動的に反転動作する。

 以下で、上記の内容の一部を次のように構成要素Aという。

 構成要素A:「シリンダ内で往復動するピストンがシリンダ室の一端に達すると当該ピストンの動作に二方パイロット弁が機械的に連動することによりシリンダ室への流体圧供給を切り換えて」

 

3. 主引用例との相違点

出力部材(ピストン)が所定の位置(工程端)に達したときの動作について,本件発明では「前記所定の位置にあることを検知可能」にしたのに対し,主引用例では、二方パイロット弁によりピストン21の反転動作を可能にしたもので,「検知」については不明である点。

 

4.副引用例(米国特許第4,632,018)の記載内容

 次の構成要素A’,Bが互いに置換可能であることが記載されている。

構成要素A’:ピストンが工程端に達すると、プランジャ型スイッチピストンと機械的に連動することにより作動する。

構成要素B:ピストンが工程端に達すると、これによる圧力変化がピストンセンサにより検知される。

 

5.適用について(進歩性の判断)

 上記判例の判示内容の独自解釈は次の通りです。

 

 副引用例の構成要素A’(主引用例の構成要素Aに相当)を構成要素Bに置換できることを、主引用例に適用することにより、上記相違点は埋められる。すなわち、主引用例において、構成要素A「シリンダ室の一端に達すると、このピストンの動作に二方パイロット弁が機械的に連動すること」を、構成要素B「ピストンが工程端に達すると、これによる圧力変化がピストンセンサにより検知される」に置き換えると、上記相違点は埋められる。

 しかし、主引用例だけを考慮すると、主引用例では、機械的な連動で、ピストンが自動的に反転動作するようにしているので、主引用例において、ピストンの工程端への移動による圧力変化を検知する動機づけはない。

 すなわち、構成要素Aと構成要素Bとで用途や構成が共通していても、機械的な連動によりピストンを自動的に反転動作させている主引用例においては、構成要素Bの検知機能を持たせる合理的理由がないので、主引用例において、構成要素Aを敢えて構成要素Bに置き換える動機づけは無い。

 よって、上記相違点に係る本件発明の構成は,当業者が容易に想到することができない。

 

弁理士 野村俊博

進歩性の主張が困難であるように思える場合に、本願発明の技術的思想と引用例の技術的思想の相違という観点から検討すると、有力な反論が見つかることがある。

進歩性の主張が困難であるように思える場合に、本願発明の技術的思想と引用例の技術的思想の相違という観点から検討すると、有力な反論が見つかることがある。

 

判例No. 37平成28年(行ケ)第10071号 審決取消請求事件

以下は、独自の見解です。

 

1.判決の概要

 上記判例では、以下のように、技術的思想の観点からの検討により、本願発明の進歩性が肯定された(進歩性を否定した審決が取り消された)。

 

2.本願発明

 上記判例における本願発明の請求項1(特開2012-108704号公報の請求項1)は、次の「」内と通りです。

 

「【請求項1】

 機密事項を扱うアプリケーションを識別する機密識別子が記憶される機密識別子記憶部と,システムコールの監視において,実行部がアプリケーションを実行中に行う送信処理に応じたシステムコールをフックし,当該アプリケーションが,前記機密識別子記憶部で記憶されている機密識別子で識別されるアプリケーションであり,送信先がローカル以外である場合に,当該フックしたシステムコールを破棄することによって当該送信を阻止し,そうでない場合に,当該フックしたシステムコールを開放する送信制御部と,を備えた機密管理装置。」

 

3.審決の内容(独自解釈)

 主引用例(特開2009-217433号公報)では、保護方法データベースは、アプリケーションの識別子を安全性の情報に関連付けて格納している。

 主引用例において、アプリケーションに対する識別子と安全性の情報の組み合わせは、本願発明の「機密事項を扱うアプリケーションを識別する機密識別子」に相当する。

 また、主引用例では、入力元の安全性(識別子に関連付けられた安全性)と出力先の安全性を比較して送信するかを決定することが記載されている。

 更に、送信先がローカルであれば送信を許可し,ローカル以外であれば送信を阻止すること自体は周知である。

 そうすると、主引用例において、入力元の安全性と出力先の安全性を比較して送信するかを決定する場合に、識別子が示す入力元の安全性の情報が最高レベルを示している時に(本願発明の「機密識別子で識別されるアプリケーションの送信処理を行う時」に相当)、送信先がローカルであれば送信を許可し,ローカル以外であれば送信を阻止することは、容易に想到できる。

 

4.反論の可能性(独自解釈)

 上記審決の論理は、そのまま読むと妥当であるように見え、反論の余地はなさそうに思える。

 

 これに対し、上記判例では、次のように審決を取り消している。

 審決によると、主引用例において、様々なバリエーションが考えられ、その1つのバリエーション(入力元の安全性と出力先の安全性を比較して送信するかを決定するというバリエーション)と周知と思われる事項(送信先がローカルであれば送信を許可し,ローカル以外であれば送信を阻止すること)との組み合わせにより、本願発明に至るとされている。

 しかし、技術的思想の観点から見ると、本願発明と主引用例に記載の発明(引用発明)とは、明確に相違する。

 「本願発明の根幹をなす技術的思想は,アプリケーションが機密事項を扱うか否かによって送信の可否を異にすることにあるといってよい。」ここで、「」内は上記判例からの抜粋です。

 これに対し、「引用発明の技術的思想は,入力元のアプリケーションと出力先の記憶領域とにそれぞれ設定された安全性を比較することにより,ファイルを保護対象とすべきか否かの判断を相対的かつ柔軟に行うことにある」ここで、「」内は上記判例からの抜粋です。

 このように、本願発明と引用発明とは、技術的思想が異なる。

 引用発明において本願発明の技術的思想に従って変更することは、引用発明の技術的思想に反する。すなわち、引用発明において、本願発明の技術的思想に従う変更をすると、次の(A)~(C)が成立する場合、(A)と(B)が満たされているので、(C)に関わらず、送信を阻止することになる。これは、引用発明の技術的思想に反する。引用発明の技術的思想に従うと、(A)~(C)が成立する場合、(A)と(C)が満たられているので、(B)に関わらず送信を実行することになるからである。

(A)入力元のアプリケーションに対応する安全性の情報(入力先の安全性)が機密(最高レベル)を示している。

(B)出力先がローカル以外である。

(C)出力先の安全性が入力先の安全性よりも低い。

 

 よって、主引用例において、本願発明になるような変更をすることの動機づけは無く、このような変更は容易でない。

 

弁理士 野村俊博